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これからの日本をつくる"働き方"のストーリー

イベント業界の過酷な「働き方」を変えるため、ひとりの男が立ち上がった

株式会社ホットスケープ
「休日出勤や残業は当たり前」そんな働き方が常識とされているイベント業界。そんな業界の悪しき常識から脱却し、イベント業界の働き方自体の変革を目指すのが、ホットスケープです。3名だった社員も31名まで増え、育休を取得し復帰した社員も2名になりました(2017年現在)。業界の常識から脱却できた理由を代表・前野の経歴から紐解きます。

自分が満足するイベントを作ることを目指し、27歳でホットスケープを設立

▲代表取締役・前野伸幸

専門学校を卒業し、機材レンタル会社に就職。そのあと前野は、日商岩井(現双日)と富士重工(現SUBARU)の子会社で、自社のイベントホールを運営する「カレッジミュージアム」に転職しました。

イベント業界についてまったく知らない状態から、さまざまなイベントに関わる中でその面白さに惹かれていったのです。

彼はもともと音響として、音響設備の設定などをしていました。コンサートなどBtoCのイベントしかイメージがありませんでしたが、仕事をする中ではじめて、展示会などのBtoBのイベントの存在を知ることに。

前野 「印象的に残っているのは、23歳で経験した『服部セイコー(現セイコーホールディングス)』の販売店向けのイベント開催です。3ヶ月に渡って、全国からご来場いただく大規模なもので、そこで腕時計の売り方や見せ方、マーケティングにはじめて触れました。

当時のイベントは、広告代理店が間に入ることが通例でしたが、このイベントは広告代理店が入っておらず、マーケティングリサーチ会社の担当責任者が取り仕切っていたのです。同じような仕事をしたいなと漠然と考えたことを覚えています」

その後「カレッジミュージアム」のイベント施設責任者を務めていた前野が、ホットスケープを設立したのは平成3年。前野が27歳のときでした。設立にはふたつの事象が絡んでいます。

当時のカレッジミュージアムは、インカレの学生に対していわゆる『たまり場』を提供し、その学生に対してグループインタビューを実施するマーケティングリサーチと、イベントホールを貸し出すこと収益を上げていました。しかし時代が早すぎたのか、採算が取れず解散することに……。

前野 「バブルの終わりも見えていた時期で不採算事業には厳しかった時代背景もあったと思います。平成3年私が27歳だったころの出来事です。自己資本で継続することも考えたのですが、その年の4月に株式会社設立の最低資本が1,000万円に引き上がることに。それで独立の道を選びました。30歳ぐらいでの独立を考えてはいましたが、時代の波に後押しされた形ですね」

流れの中から生まれたホットスケープですが、前野がカレッジミュージアム時代に蓄積したノウハウにより、イベント運営の事業ができ上がっていきます。

広告代理店を介さず、企業と直取引のイベントを目指して

▲まだ社員数が4名だった頃

前野は、ホットスケープ設立当初から、広告代理店を挟まず企業と直接取引をするイベント運営会社を目指しています。

前野 「カレッジミュージアム時代にさまざまなイベントを見ることができたのは大きかったですね。イベント会社ごとに、スタッフマニュアルからイベント資料、朝礼に至るまで全然違うんです。そういうのを見れたからこそ、イベント運営ノウハウとしていいとこ取りができました」

音響の技術的な知識があることもプラスに働き、事業も軌道に乗っていきました。しかし、広告代理店を間に挟むと、受注に波があり経営が安定せず、スケジュールなどもハンドリングができません。

前野 「そこで、企業の広告宣伝部ではなく、広告代理店とぶつからない、人事や総務の予算で行う企業の社内イベントに目を付けました。会場の貸出でやり取りした方々に連絡し、少しずつ企業の社内イベントに力を入れていったのです」

広告代理店が間にはいるメリットももちろんあります。しかし前野は、コーディネートの難しさがイベント運営会社には課題になると考えています。

前野 「たとえば、間に入っている広告代理店の方が、『お客さんに水を用意して欲しい』と言うとします。これだと、掃除用の水なのか、飲水なのか、どのぐらいの量なのかもわからずさまざまな水の用意が必要になり、コストに跳ね返ってきます。さらに言えば、お客さんが直接『かぜ薬を飲むために水が欲しい』と言ってくれれば、ぬるま湯を準備したり、氷枕を準備することだって出来るはずなのです」

あるとき、全く別の軸からも企業との直接取引の必要性が高まります。

前野 「社員が3名のころにあるメンバーから、結婚・出産で今の働き方できなくなるから辞めたいという話が上がりました。戦力の1/3がなくなるのですから一大事です。

設立のころから、企業との直接取引は増やしていたのですが、働き方の面でも直接取引の必然性が高まったのです。

なぜなら、宣伝イベントなどは集客面もあり休日にイベントが行われるケースが多いのですが、総務や人事の行う社内イベントは平日の実施がほとんど。さらに、お客さんも企業ですから休日に連絡が来ることはそれほどありません。そんな経緯もあり、顧客ターゲットを完全に切り替え、働き方を改革する方向に舵を切ったのです」

自社の戦力ダウンというミクロな視点もありますが、長年業界を見てきた前野だからこそ感じる、働きたいのに働き方が合わずイベント業界で働けなくなるもったいなさも、その意思決定にはありました。

直接取引のリピート顧客に支えられて、「安定して働ける環境」が誕生した

▲2017年11月現在、社員数は31名になった

業界の常識を疑い、課題を考えた先に見えてきたのは、安定して働ける環境を作るには安定した経営が必要になるということです。

前野 「イベント業界の常識は『休日出勤や残業は当たり前』です。ただ、これをひも解くと、受注がいつ入るかわからず経営が安定しないからこそ、少ないギリギリの人数でイベントを回すしかなくなるという業界構造に課題があることに気がついたのです。

そこで、経営を安定させるために考えたのが、イベントのコストマネージメントやイベント会場のアドバイザリーを行うというアプローチです」

その中で生まれたのが、森ビルとの良好な関係性です。

森ビルとは10年以上お取引があり、今でこそアカデミーヒルズの運営を受託していますが、最初は新設するカンファレンス施設のアドバイザーからの取引スタートでした。

前野 「他の会社がやらない、余計な部分まで丁寧に対応するのが良好な関係性の秘訣です。実は、森ビルと取引がはじまる前に、アカデミーヒルズを借りて利用させてもらい、スイッチの位置が使いづらいから変更した方が良いとおせっかいにもアドバイスしたこともありました。そういうおせっかいこそが、信頼につながり、リピートにもつながっている実感があります。

それはイベント運営にも言えることです。もしかしたら当日の運営部分のみを請け負われる会社もあるかもしれませんが、私たちはおせっかいと言われても、より根幹の部分に首を突っ込みます。

たとえば、BtoBのイベントでは、採用や雇用者満足度のアップなど明確なゴールがあります。そのゴールへのアプローチやイベントの立て付け、スポンサーの取り方などイベント運営に関わるさまざまなことを明確にする、イベントの前段階であっても私たちが関われる領域はたくさんあるんです」

森ビルをはじめ、近年はホットスケープの8割近くはリピートのお客様のイベントが占めています。リピートが増えるほど定期的な収益が増え、経営の土台が安定していくのです。

学生が就活で「イベント業界」を目指す未来を作りたい!

もちろん、ずっと順調に成長してきたわけではありません。
リーマンショックや東日本大震災など会社倒産の危機も何度かありました。

前野 「今思い出しても、リーマンや震災の時期は辛かったですね。飛び込み営業までやりましたが全然だめで……。

その中で出会ったのが、森ビルを通じて知ったMPI(※)という非営利団体です。大手企業の役員なども個人で登録しているネットワーキングの団体で、官公庁や大企業の方などさまざまな人と個人対個人として出会うことができました。

MPIで講師としてイベントについてのセミナー登壇をしたことも今につながっています。自ら営業するのではなく、講師として登壇することで『こういうことをしたいのだがどうすれば?』とアドバイスを求めれる機会が得られたのです。

小さい企業である私たちが安定して会社を経営し、イベント会社でありながら130日もの休日がとれるのは、企業との直接取引を対等の立場で行えているからに尽きるかもしれません」

最後に、ホットスケープが目指すことを少しだけお伝えします。

前野 「目指しているのは、学生が就活の際に『イベント業界に入りたい』って思えるような業界にしていくことです。私たちだけではできることはまだ少ないですが、ホットスケープの取り組みが業界に波及して働き方が改革された先にはその道も開けると確信しています!」

ライフスタイルが多様化し、全員が仕事を最優先に考える時代ではありません。
働き方を変え、業界を変える。そんな未来をホットスケープは目指しています。

※ MPI・・・1972年米国テキサス州ダラスで創立。世界24ヶ国に90のチャプターとクラブを持ち、ミーティングの専門家17,000名以上が加盟する世界最大規模の国際非営利団体。 2017年現在、前野はMPI Japan Chapterの会長を務める。

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