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これからの日本をつくる"働き方"のストーリー

幸せな働き方を求めてオランダへ。日本との2拠点フリーランスを叶えた日本人女性

1design
日本では「1design」、オランダでは「BUSHIZO」の屋号で活動する佐藤まり⼦。2017年現在は「2拠点フリーランス」の働き方を模索しています。ライターやマーケター、剣道用品の販売サイトを手がけますが、その道を選んだのは「仕事は幸せになるための⼿段のひとつ」というオランダ⼈の価値観も影響していました。その半生を、彼女自身の言葉で語ります。

ウェブメディアの記事をきっかけに、胸に秘めた想いを実現へ

「今後は会社や国にとらわれない働き⽅が必要だ。もっと⾯⽩い⽣き⽅ができる」

先行きが不確かな時代だからこそ、会社にも国にも頼りすぎてはいけないという想いを私は深めていました。大学在籍時よりアルバイトとして、ランキングサイトの企画・運営をするウェブメディアの企業で働き始め、その後も転職をしながら、ウェブ制作や運用、ブランディング、広告営業、デジタルマーケティングなどを4社にわたって務めてきました。

もともと、いつか海外に住んでみたいという希望がぼんやりとあったのですが、留学なのか、外資系に勤めるのか、決めかねるままに、私はフリーランスでライターやマーケターなどの活動を始めました。

そんなあるとき、ウェブメディア「ライフハッカー[日本版]」の記事が目に留まりました。制度面の優遇をはじめ、日本人が移住し、開業しやすい国としてオランダが紹介されていたのです。私は記事を読み進めながら、オランダなら日本の仕事を続けたまま起業できるのでは?という考えに夢中になりました。

私の頭には、大学生時代の経験があれこれと蘇っていました。大学構内のフリーペーパーに掲載されていた、海外留学や企業に関するコラムに衝撃を受けたこと。その筆者に連絡を取って働き方についての助言を受けたこと。世界を見るためにピースボートへ乗り込み、先々でカルチャーショックを受けたこと。その旅のさなかで、さまざまな環境や想いを持って船に乗り込んだ人たちに出会ったこと……。

「海外に出てみたい」という希望が、記事を目にしたことでリアリティのある姿で立ち上がってきたんです。もともと教育にも関心があり、「オランダは子どもの幸福度が高い」と聞いていたので、以前よりポジティブなイメージを抱いていたのも後押しになりました。

そして、2015年の末にオランダでの開業を決め、2017年に渡蘭しました。

日本とオランダの架け橋になる発信を

⽇本でライターやマーケターなどで請け負っていた仕事はそのままに、クライアントとリモートワークをしながら、オランダでも個⼈事業を開業するべく動き始めました。オランダでの事業に選んだのは、ライフワークとして13歳から続け、五段の段位を持つ剣道でした。

日本にいる頃から、剣道の道場ではたくさんの⼩中学⽣や⾼校⽣に出会いました。彼らが進路の分岐点に⽴ったとき、私の働き⽅を思い出して、⼈⽣の選択肢の幅を少しでも広げてもらったらという思いもあって。

そのためには、私⾃⾝の働き⽅や考え⽅だけでなく、⽇本、オランダ、その他のヨーロッパ諸国の⼈々と交流し、価値観や働き⽅の良い点を見つけ、⽇本の⼈々に向けて発信していかなくては……と考えたんです。

オランダでは剣道⽤品販売などの個⼈事業を手がけるだけでなく、有段者として⽇本の剣道を伝えようと、現地の道場で共に稽古に励むようになりました。その日々から得たオランダ剣道の良い点や学ぶべき点を⾃分なりに分析して、日本で剣道に励む子どもたちにもフィードバックをしたいと思っています。

また、⾃⾝のブログや、移住のきっかけとなったライフハッカー[日本版]でオランダのワークスタイルを伝えるほか、専⾨誌『剣道⽇本』にて海外での剣道の普及についても連載を持っています。フリーランスとしての2拠点生活と剣道という軸で、私自身のキャリアも広がっています。

⽇本とオランダは昔から友好が深く、フリーランスが開業しやすい場所です。特にIT系やライター職のフリーランスならば、⾃⾝のスキルや知⾒を広めるためにも、もっと場所を定めず、動き回りながら経験を積んでいくことが今後は強みになると思っています。

オランダで暮らしてみると、特筆して持っている魅力にいくつも気づきました。たとえば「多様性の豊かさ」です。市民登録をした際に配られるブックレットに、首都であるアムステルダムには180もの人種が住んでいると記載されていたことに驚きました。「持続性のある社会」への関心も高く、環境に配慮した自転車移動やオーガニックフードの普及も日本より進んでいると感じています。

自己責任、時差、コミュニケーション不足……課題もさまざま

▲オランダの剣道仲間たちと(写真中央が佐藤まり子)

とはいえ、海外からリモートワークで、さらにフリーランスとして日本の仕事を担うデメリットにも直面しています。まずは就業環境を整えることから始めなくてはなりません。企業の駐在員でなく個⼈で海外へ出る場合は、移住の⼿続きも、仕事の獲得も、語学の習得も、病気になったときの対応も全て⾃分で⾏うのです。

オランダに来てすぐに40度の高熱を出し、廊下で気を失ってしまったときは本当に大変でした……。開業の手続きに関しても、役所の担当者によって言うことが違うなどして苦労しながら、最終的には移民弁護士に依頼して手続きを進めました。いまは、これらの体験をまとめて、今後オランダで開業する人の手がかりになればとブログで発信しています。

それから、オランダ在住の日本人フリーランス同士で情報交換ができるコミュニティづくりも進めています。

直面している壁といえば、オランダに限らず海外での就業にはつきものですが、日本との時差は8時間。一般的な企業の始業時間では、オランダは真夜中ということも。ミーティングができる時間が限られてしまうのは致し方ないところです。

そのため、基本的にはリモートワークが主体となりますが、「顔を合わせてのコミュニケーション」が激減するので、”ちょっとした雑談”がなくなります。でも、実はこの雑談こそが仕事を⽣み出していたと痛感しました。なので、なるべく顔が見えるやり取りを心がけ、定例会には必ず参加して、その際もできるだけビデオ機能を活⽤するようにしています。すくない頻度でも、コミュニケーションの量と質をアップしなくては!と。

大変なこともデメリットもあるけれど、やっぱり海外リモートワークのメリットは、環境が変わることで⾃分の価値が変わることです。

⽇本にいたときは、剣道をしていることは⼤きな価値にはなりませんでした。でも、海外に出ると⽇本の伝統⽂化を続けてきたことが価値になり、新しい仕事を⽣み出すきっかけになります。英語をはじめとした足りないスキルの確認も、真摯に取り組めるのも良いところです。

ことオランダにおいては、就業環境や保証の面からフリーランスやパートタイマーでの就業者も多く、共有できる考えも多いのが魅力のひとつになっています。

“仕事は幸せになるための⼿段のひとつ”というオランダ人の価値観を発信

オランダで出会った剣道仲間と話をしたり、それ以外にも交流を持つたびに感じるのですが、オランダ人の考え方ってすごくいいなと思っていて。日本ほどはたくさんの物を求めてないけど、彼らはすごく幸せそうなんですよ。一生懸命働いて、やりたい事もやって、暮らしも楽しんでいる。

オランダ人にとって”仕事は幸せになるための⼿段のひとつ”なんですね。コワーキングスペースで仕事をしているとみんな18時には帰りますし、平日の晴れた日だと『今日は天気がいいから早めに切り上げたら?』なんて言われたり。

私は幸せの定義を「たとえ苦労が多くても、自分が『やろう』と思ったことをすること。国や年齢に関係なく、多くの友人を持って、学び合いながら暮らしていくこと」と捉えているのですが、まさにこの定義にオランダ人の働き方への価値観は当てはまります。今後も現地の人々にインタビューを通じて理解を深め、発信していくつもりです。

それから、オランダ全土で30ほどの道場が点在している剣道についても一層の普及と、日本の伝統文化を伝えるという使命感をもって取り組んでいきます。現在はオランダの「錬心塾」という道場に所属していますが、今後は子ども向けの「剣道体験教室」といったライトな接点をつくっていけたらと考えています。

剣道着や防具には、藍染、⼿刺しなど、⽇本の職⼈が培ってきた伝統があります。海外では、まれに粗悪な商品が出回っており、それによる怪我や⽂化の誤った理解が⽣まれるかもしれません。ECサイトによる剣道用品の販売を通じて、すぐれた⽇本の商品を正しい知識とともに伝えることで、剣道の⽂化への理解も深めていきたいですね。

日本とオランダでの2拠点フリーランスで活動し、それを発信するという試みそのものが、まだまだユニークなんだと思います。さまざまな壁に直面していますし、これから何が起きるかというのはありますが、ひとつずつ解決の道を探しながら、後進のための整備を今日も続けていくつもりです。

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