笑顔のサイクルを生み出そう。離職率44%の保育施設を変えた理念型ワークスタイル
子育てって大変!父親・母親の笑顔のために、企業内保育施設をつくりたい

「もし会社の中に保育施設があったら、子育て中の父親・母親の心に余裕ができるんじゃないだろうか?」
私たちの会社は、代表・小津智一のこんな思いからはじまりました。
原点は小津の子ども時代にあります。小津が10歳のとき、両親が離婚。原因は父親がワーカホリックだったことでした。小津自身も幼少期に父親と過ごした記憶は、ほとんどありません。母親ひとりで大変な苦労をして、兄弟3人を育て上げる姿を見てきました。
それから年月が経ち、やがて結婚、2006年に第1子が誕生しました。「子育てに積極的に参画するぞ」と強い気持ちでパートナーと育児をする中で、小津は「日本の社会はなんて子育てがしづらい社会なんだろう」と気付きます。
小津 「僕自身も子育てをする中で、ときに余裕がなくなってしまうことがありました。ワーカホリックだった父と母が離婚していることもあり、離婚件数や育児放棄も増えている原因のひとつに、パパ・ママに心の余裕がない状況に陥ってしまっているのではないかと考えました」
そのとき、小津の頭にふと浮かんだのが、「もし会社の中に保育施設があったあら、子育て中のパパ・ママの心に余裕ができるんじゃないか」というアイデア。社会に必要とされているという使命感が、知識も経験もない保育業界へ小津を導くこととなります。
また起業を志した理由には、自身の理想のライフスタイルを実現したいという思いもありました。
小津 「僕はサーフィンが大好きなんです。糸島市の海沿いに家を建てて、サーフィンしながら暮らしたいと、人生で初めて夢を持ったんですね。でも当時勤めていた石油関連メーカーは全国転勤がありました。会社に人生が決められてしまう生き方ってどうなんだろう? と思ったときに、起業するしかないと思いました」
子育て中のパパ・ママの笑顔を増やしたいという思いと、サーフィンをしながら暮らしたいという自身の夢を叶えるため、小津は35歳で脱サラ。2008年、OZ Company(オズ カンパニー)を設立し、保育事業をスタートしました。
保育士も園児も、父親・母親にも笑顔のなかった保育施設

父親・母親そして子どもたちの笑顔をつくるために、OZ Companyを立ち上げた小津でしたが、創業後は苦労の連続。初めて企業内保育施設の受託が決まったのは、4年が経ってからのことでした。そして受注の喜びもつかぬ間、相次ぐ離職者、保育サービスの低下により施設運営は崖っぷちに立たされます。
小津 「受注したのは病院内の保育施設で、定員20名、365日営業で0歳児~小学生の学童保育まで実施する園でした。しかし2ヶ月にひとりのペースで保育士が退職し、その都度新規スタッフを募集するため採用コストが急増。ようやく採用しても、すぐに離職してしまう状況でした」
初年度の離職率は44%。保育業界の平均離職率は12%のため、極めて高い数字です。原因はいくつもありました。
小津 「子育てや介護など何も制約がないスタッフに仕事が集中し、残業が一部の人に偏って発生していました。制約がある人は、制約を理由に自分本位のシフトを指定するなど、チームの雰囲気が悪く、情報交換もうまくできない状況でした。
そのため保護者からのクレームも頻繁。『保育士の入れ替わりの多い園に預けたくない』、『子どもが園に行きたくないと言っている』などクレームというクレームはほとんど受けましたね」
外部講師によるコミュニケーション研修や、小津自身が保育現場に入るなどの姿勢を示しても状況は一向に改善されません。そこで別事業のイベント保育担当として活躍していた松尾を、園長に抜擢。本腰を入れて現場の改革に取り組み始めました。
小津 「園を改善する最後のチャンスだと考え、明るくコミュニケーション能力に長けた松尾に、園長をお願いしました。それに伴いスタッフ全員の業務を見える化し、属人化する仕事をパート含め全員に振り分けました。松尾のコミュニケーション力の高さもあり、一時はスタッフの離職もゼロになったんです」
原点に立ち還ることで生まれた、理念型ワークスタイル

しかし安心したのもつかの間。改革から半年が経ち、次第に振り分けていた業務が松尾や主任に集中するようになります。ついには月間残業40時間を超え、持ち帰り仕事も頻繁。毎日4~5時間の睡眠で出社するまで、状況は悪化してしまいます。
小津「『今度は私が辞めたいです。もう耐えられません』と松尾から言われました。松尾が辞めたら、保育施設も会社自体もおしまいです……」
松尾や主任に仕事が集中してしまう原因は、正社員やパートなど雇用形態が違うため、仕事へのモチベーションが異なることでした。松尾がスタッフに仕事を任せても、「私はパートだから」と手を抜いてしまうことがあり、仕事をきちんとやってもらえないなら自分でやろうと松尾が業務を抱えることで、長時間の残業が発生していたのです。
小津「まずは残業をなくすために、人員を増やしました。人を増やすと利益は減りますから迷いましたが、それしか方法が思い浮かびませんでした」
お金をかけて労務環境改善に取り組むことで経営陣の本気がスタッフに伝わり、次第に現場の空気が変わり始めます。松尾や主任は余裕ができたことで表情が明るくなり、チームにも笑顔が広がるようになりました。
保護者からのアンケートでも、「先生が笑顔で楽しそうに仕事をしている」、「子どもが保育園で習ったことを家でも話してくれる」など、ポジティブな感想をいただけるようになりました。その時、小津は大切なことに気付きます。
小津「スタッフの笑顔のない職場に、良い保育サービスができるわけがありません。スタッフの笑顔は、企業理念にある『父親・母親そして子どもたちを笑顔』につながっていることを心底実感しました。それまで理念は掲げていても、社内に理念を浸透させようとしたことがなかったんです。僕は売上や利益に固執して、現場をスタッフ任せになっていたと反省しましたね」
さらにスタッフが笑顔で働ける環境をつくるため小津は残業ゼロ、そしてみんなが有給を完全消化できる状況をめざしました。小津自ら、「正社員・パート関係なく全員がリーダーとして働けるようになろう」と「日替わりリーダー制度」の導入を呼びかけたところ、思わぬ声が返ってきます。
小津「『そうは言っても社長、私はパートですから』と……。たしかに正社員とパートでは、給与単価や賞与の有無、社会保険加入など処遇に差があります。処遇が違うのに、なぜ同じ仕事をしなければならないのかと言われ、正論だなと思いました」
正社員とパートの処遇を同一にすると人件費の増加により経営収支が厳しくなります。一方で、理念を実現するために「残業をなくそう」「笑顔で働こう」と、スタッフに伝えてきたことと矛盾が生まれるのも嫌だ。葛藤の末、小津は「同一労働同一賃金制度」の導入することを決めます。
業界の働き方を変えたい。講師、コンサルタントなど広がる保育士の可能性

なんのために「同一労働同一賃金制度」と「日替わりリーダー制度」を導入するのか?
小津は理念型ワークスタイルの実現に向けて、園長の松尾そしてスタッフに何度も企業理念の流れから一つひとつの施策、考えに至るまで丁寧に説明。正社員を「フルタイム正社員」、パートを「タイム正社員」と名付け、全社員が力を発揮できる環境を整えていきました。
「同一労働同一賃金制度」を導入した結果、パートの時給は18%アップ。その分、事務所を縮小するなどで経費負担を抑えています。会社として理念に基づいたブレない行動をとったことは、金銭面で苦しい場面もありますが、全社員の自立的行動につながっていると小津は考えています。
小津「以前よりスタッフから積極的にアイデアが出るようになりました。新しい園を立ち上げる際に、子育て中のタイム正社員から『私、園長やりたいです』という声もあがったんですよ」
ワークスタイルを変えてから、仕事とプライベートの相乗効果も生まれています。
小津「陶芸が趣味のスタッフから、『陶芸の楽しさを園児たちにも味わってもらいたい』と意見が出て、遠足で陶芸教室に行ったこともあります。また、『働く姿を自分の子どもに見せたい』と、家族向けの内覧会を実施したことがきっかけで、娘さんが将来保育の道へ進みたいと憧れを抱いたケースもあるんですよ」
2017年現在、スタッフは80名。各地域に点在する保育施設で働くスタッフの自立的な行動を支えているのが、必要な情報を手軽に共有するためのグループウェアや、場所にとらわれない働き方を実現するクラウドワーク制度です。
小津「今後さらに保育士不足や、子育て・介護で制約ある社員が増えることを考えると、『同一労働同一賃金制度』や『日替わりリーダー制度』のニーズは高まり、ICTを活用した業務管理はより広がりをみせるのではないでしょうか。父親・母親そして子どもたちを笑顔にできるよう、今後は保育業界の働き方を変える取り組みもしていきたいです」
OZ Companyでは、離職者を抑制したノウハウ、口コミによる人材確保、子育てや介護など制約あるスタッフも働きやすいマネジメント手法などを、コンサルティングや講演を通して水平展開しています。
保育士はすばらしい職です。保育士が笑顔で働けば、父親・母親は安心して預けることができ、子どもたちも笑顔で過ごすことができます。笑顔のサイクルを世の中に広げるため、これからも私たちは挑戦を続けます。