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これからの日本をつくる"働き方"のストーリー

売り上げも、社員の士気もアップ!"ぬくもり"あふれる労働時間改革のウラ側

株式会社長坂養蜂場/ぶんぶんブラザーズ
はちみつの生産・加工・販売を行う株式会社長坂養蜂場は、創業80年以上の静岡県浜松市にある老舗企業です。3代目社長・専務として会社を引き継いだのは、長坂善人・恭輔の兄弟。これは、彼らが従業員のための大胆な労働時間改革を成功させるまでのストーリーです。

マーケティングだけではぬくもりある会社は作れないーー経営者兄弟の気づき

▲“ぶんぶんブラザーズ”の兄・長坂善人(左)、弟・恭輔(右)

長坂恭輔が入社したのは10年前。長坂養蜂場は創業1935年、実に80年を超える歴史のある会社で、従業員も同じ土地の知り合いばかり(2017年現在)。兄であり社長の長坂善人(よしと)と弟の恭輔は通称“ぶんぶんブラザーズ”として、ファミリービジネスを守るため、地域のコミュニティを守るために、力を尽くしていこうと決意していました。

「祖父の代から続いて来た長坂養蜂場をしっかりと受け継いでいかなければならない。そのためにはもっと収益を上げなければ……!」。そう意気込むふたりは、代々築き上げてきたビジネスに次々と新しい手法を取り入れ、新風を吹き込みました。

恭輔 「それまでは地域のつながりに頼っていた商売に、僕達が身に付けていたマーケティングのノウハウを活用したのです。すると、売り上げはどんどん伸びてゆきました」

家業を継ぐまで、兄の善人は養蜂修行、弟の恭輔は東京の通信販売会社の社員として働いていました。マーケティングの能力に長けた兄弟のタッグが奏功したのです。

恭輔 「でも何かが間違っている、とすぐに思い知らされたのです。商品が売れ、忙しくなればなるほど、長坂養蜂場に昔からあった良い部分が、失われていきました」

長坂養蜂場のスタッフは地元の顔見知り同士で絆が強く、昔から社内の雰囲気がよい会社でした。ところが、事業規模の拡大がプレッシャーになり、次第にスタッフは疲弊し、関係性もギクシャクしたものになってしまったのです。

恭輔 「何か問題があったときに、スタッフ同士が責任を押し付け合うような局面も見えて、これではいけないと思いました。そこで兄と話し合い、長坂養蜂場が代々受け継いできた良さを失わずに企業を成長させていくために、指針となる理念を決めたのです」

1年間の検討を経て練り上げた理念は、“ぬくもりのある会社をつくりましょう”というもの。ぬくもり ( 思いやり・心遣い ) をお客様へ発信するためには、まずは社内にぬくもりが溢れて いなければ実現しないと、長坂兄弟は考えました。

目標は、スタッフが年末年始に休み、家族で食卓を囲める会社

▲クリスマスには社員の家族にプレゼントを

恭輔 「今までは“顧客満足”という言葉をよく使っていました。でも本当に考えなければいけないのはもっと前の段階の“従業員満足”なのです。

スタッフの間にお互いを思いやる気持ちや気遣いなどが、自然にあふれていることが必要です。彼らが暖かい心を持っていなければ、どれだけ一生懸命汗をかいて、歯を食いしばってサービスをしても、お客様の心には届かないでしょう」

長坂兄弟は従業員満足のために、働く環境を整えました。

自社製品のプレゼントや、全スタッフに対する月1回のカイロプラクティックの無料提供、そして従業員のみならずその家族の記念日にも有給休暇を提供し、クリスマスには子どもたちにプレゼントを渡す、また子育て中の女性スタッフには子どもの人数分の助成金を出すなど、多くの施策を実行しました。

恭輔 「そういった試みによって、会社の雰囲気は元通り良くなり、従業員のモチベーションも上がって行きました。でも僕たちには、ずっとアイデアを温めながらも、なかなか実行できない施策があったのです」

ずっとやりたいと思いながら、できなかったこと。それは労働時間の短縮でした。それも一般的には営業の重点時間である、平日夕方と年末年始の営業日数の短縮です。

以前の長坂養蜂場は「サービス業なのだから、お客様が休みのときこそ店を開けてお迎えしたい」という思いで、平日夜19時までの営業と、元旦を除いた年末年始営業を続けていました。

恭輔 「その考え方は顧客満足の視点から見れば、間違っていないと思います。それに営業的にも、理にかなった選択でしょう。一方でもしも毎日の営業時間を1時間短くし、年末年始の数日を休みにすれば、従業員が家族と過ごす時間の質がグンと高まり、従業員満足が向上する。だから僕らは、そこにこだわりたかったのです」

19時までの営業だと、そこから店舗クローズ作業を行うため帰宅時間は21時を超えることも。子どもの居る家庭では夕食を一緒に食べることが難しくなり、日常的な 家族のコミュニケーションがままならなくなってしまいます。また年末年始は、伝統的に家族と過ごすべき時期。実際多くのスタッフの親類が、地元浜松へと帰省してきます。

恭輔 「思うように家族との時間がとれない従業員の姿を見て『サービス業だからという理由で 大切な人との大切な時間が取れないのはおかしい』という気持ちが湧き上がりました」

職場環境の良さと売り上げアップを同時にかなえる秘策とは

夕方と年末年始、サービス業にとっては頑張りどきともいえる時間帯の営業を止めることに関して、もちろんスタッフのなかでも反対はありました。

「仕事が終わった後、夕方にしか来られないお客様もいる。また年末年始に旅行や帰省で長坂養蜂場にくるのを楽しみにしているお客様もいる。その気持ちはどうなるのか」……そんな声を受け止めつつ、1年もの間、議論を深めました。

恭輔 「確かにリスクはあるのですが、最終的には自分たちが目指したい理念と照らし合わせたときにどちらが正しいのかということです。ぬくもりある会社をつくるには、その芯には道徳がなければならない。

道徳的に正しいのは、従業員が休むべきときに休め、人間らしい生活をおくることだと考えたのです」

とはいえ理念を反映できれば、他の面には目をつぶるということではありません。

顧客対応、そして営業的なダメージを最小限に食い止めるために、長坂兄弟は徹底した対策をとりました。

まず営業の1時間短縮と休業日の追加に関しては、知らずに来店して顧客が失望するようなことがないように、事前告知を徹底。変更告知は半年前からダイレクトメール、店頭、 WEBにて多角的に行い、顧客に理解を求めたのです。

また営業的な機会損失の懸念に対しても、顧客行動の分析と新たな施策の投入により対応。

ここでも恭輔のマーケティング能力がモノを言いました。過去5年間の時間毎の売り上げデータを分析すると、実は18時から19時までの来店数はそれほど多くなく、1時間閉店を早めてもダメージは少ないと判断しました。一方で年末年始は前年の実績で400万円程の売り上げがあり、これは補填しなければなりません。

そこで年始の 『新春初売り感謝祭』というキャンペーンを考案。それまでやっていなかった福袋や限定品の販売を、オンラインショップと実店舗で行いました。

恭輔 「僕が心に留めているのは、二宮尊徳の『道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である』という言葉です。労働時間を短縮し、スタッフにぬくもりを与えることができても、経済が伴わなければ継続できません」

覚悟を持ち、知恵を絞って実行した、営業時間348時間短縮の労働時間革命。その結果はというと、顧客からのクレームゼロ。売り上げ前年比100%維持。また年末年始時期の売り上げにいたっては、4日休暇があったにもかかわらず、前年同時期の売り上げに比べて122%と、むしろアップしたのです。

また、長坂兄弟がなにより嬉しかったのは、「家族との時間が増えて、嬉しいです!」 「短時間になった分、仕事に集中するようになりました。」 「お正月休みサイコー」 「ゆっくりした分、めっちゃがんばります!」といった、社員からの喜びの声でした。

スタッフの心からあふれた“ぬくもり”は、顧客をつなぐ“絆”になる

営業時間改革はスタッフが喜び、売り上げがアップするといったような短期的な効果だけではなく、長期的なメリットを会社にもたらしました。

生活に余裕が出たことで、スタッフは更に前向きに仕事に取り組むようになり、接客もぬくもりのあるものに。その結果顧客のリピート率が上がったのです。

恭輔 「私たちは顧客のリピート率を“絆率(きずなりつ)”と呼んでいます。絆率がアップしたことは、長坂養蜂場がぬくもりある会社になれている、ひとつの証拠だと思うのです」

従業員が働きやすい環境をつくることは、決して楽な環境をつくるということではありません。スタッフにはプライベートを充実させた分、モチベーションを高く仕事に取り組むことが求められます。

恭輔 「ひとつの目安として目標設定はしますが、売り上げなどの数値目標は僕らにとって一番大切なものではありません。

大切にしているのは、そこに至る過程。スタッフには、一人ひとりの持てる力を最大限に発揮して仕事に取り組んで欲しいと思っています」

「働きやすい職場を作ろうと思ったら、経営者はお顧客の利便性を後回しにし、売り上げを犠牲にするぐらいの覚悟が必要」だと、長坂養蜂場は考えます。

結果よりも過程を大切にし、回り道をすることも厭わない。その覚悟があればこそ、ぬくもりのある会社をつくることができるのです。

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