退職しなくても得られる"突き抜け感"――カーブアウト・オプションの可能性
アントレプレナーシップを持った人材を安易に流出させない制度
優秀な人材ほど成長すると起業や独立のために退職してしまう……。そのような声は、多くの会社でよく聞かれます。
そのなかでも特に、私たちガイアックスはアントレプレナーシップを持った人を採用してきたこともあり、新卒で入社し卒業する者のうち6割(2017年現在)が起業する、起業家輩出企業となりました。
ただ、起業を容易に感じる一方で、社内起業では株式が持てません。そのため社外で起業するほどのリターンは得づらいという問題が残っていました。「本気で起業するなら、会社を辞めて起業したほうがいい」という声も聞かれるほどでした。
そこで、ある事業を会社化し、事業責任者に資本を付与したところ、事業の成長スピードは加速。後に外部からの資金調達を経て、株式公開に至りました。この経験をきっかけに、事業のオーナーシップだけでなく、「資本のオーナーシップも付与する制度」を創ることになりました。
当社代表の上田祐司、当時ソーシャルメディアモニタリング事業を立ち上げていた江戸浩樹が中心となり、「カーブアウト・オプション制度」を策定。事業リーダーが申請すれば、事業を子会社化することができるようにしました。
事業メンバーに対して全株式の50%までのストックオプションと、外部からの資金調達を含めた資本政策の決定権限を付与。いわば「会社に所属しながらにして自分の事業を一部自分の会社にできる」制度です。
この制度があることによって、社外起業と同じような環境を社内につくることができ、人材流出の可能性を軽減。また、ガイアックス本体にも、保有株式に応じたキャピタルゲインが返ってくる仕組みを実現しました。
制度を利用した企業は、毎年20%成長を続けている
江戸はカーブアウト・オプション制度の第一号利用者として、2014年10月に制度を利用してカスタマーサポートおよびソーシャルメディアモニタリング事業を行う「アディッシュ株式会社」を設立。以来、株式公開を目指して、毎年20%成長を実現しています(2017年現在)。
江戸 「事業をつくった当初は会社にしようと思っていたわけではありませんでした。でも、会社化して本気でやったほうがチャレンジングですし、大きい一歩を踏み出せるのではないかと。はじめは、事業部長の時とあまり変わらないかなと思っていましたが、実感としてはだいぶ違いますね」
そもそもストックオプションは、会社の資産が外部へ流出する可能性もあるため、一般的に多量の発行には抵抗がおきやすいものです。しかし、当社では事業に対してメンバー一人ひとりがオーナーシップを持って取り組むことを最も重要視し、オーナーシップの向上がグループ全体の利益の拡大へつながると考え、導入を決定しました。
江戸 「先進的だとはもちろん思っているし、自分以外がたとえば60%以上持っていれば、買収されるリスクも当然高まります。ですが、スタートアップ界隈のいろんな事例を見ていると、今後はこうした仕組みが一般的になっていくのではないか、と思いますね」
これまで2014〜2017年の3年間で、アディッシュを含めて4社がこの制度を使って子会社化しました。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれですが、江戸は妥当な数ではないかと考えています。
江戸 「事業をつくるだけというレベルではなくて、さらにそこから会社化できるパワーを持ってないといけない。アイデアレベルで会社化するわけにもいかないので、すぐに実行できるほど甘くはないです。少なくとも事業としてシード期は超えていないと、やる意味はないかなと」
眠れない日もある……経営者として闘う新たなプレッシャー
事業責任者の立場と、経営者の立場では、事業を牽引する点では同じですが、ひとつの会社として経営していくためには、必要な手続きが多くなります。そういった処理や交渉事、資金政策を一から考えることも、すべて自分たちなのです。
江戸「資本マネジメントもキャッシュマネジメントも全部自分たちでやっていくので、たとえば事業部のときにはそんなに見なかったキャッシュも見ることになります。リアルに切迫したキャッシュも見ざるを得ないし、親会社(ガイアックス)からの支援はもらえないと思ってやっています」
このような経験を積むことで、資本に関するスキル面がどんどん成長していきます。一方、マインド面では事業部長のときとは異なる苦労がありました。
江戸「僕は事業責任者もやっていましたので、これまでと大きく変わるわけでもないし平気だろうと思っていましたが、会社化してから、夜眠れない日というのをリアルに体験しました。そんなことは僕には起きないと思っていましたが……。やはり経営者のプレッシャーは大きいんだな、と」
先進的な制度であるがゆえに超えるべきハードルもあります。たとえば会社として証券会社などと契約する際には、親会社との兼ね合いを必ず説明しなければなりません。監査法人は親会社と同じにするのか違うところにするのか。投資をするときは、親会社の譲渡があるのかないのか、などです。
このような制度を導入している企業は他にないため、一つひとつこうしたハードルを乗り越えていかなければなりません。
また、独立起業ではなく、子会社となっているため、どうしても親会社とのコミュニケーションコストが発生します。その点についてはデメリットと言えるかもしれませんが、それ以上に、ストックオプション付与という魅力があり、会社に所属しながら本気の企業ができる環境は、長期的にメリットが多いのも事実です。
同様の制度を社会全体に広げ、社会課題の解決につなげたい
カーブアウト・オプション制度をつくってから、ガイアックス社員の会社に対する見方は変化したのではないかと、江戸は感じています。
江戸 「事業部長は事業責任者ではありますが、これまでは天井があったと思うんです。サラリーマンだからここまでっていう。でも、この制度をつくることによって、退職しなくてもどこまでもやれるっていう突き抜け感は感じたと思います」
また、実際にカーブアウトで起業している人がいるという事例があることによって、採用メッセージの「アントレプレナー人材を募集する」ということが、より打ち出しやすくなっています。応募者にとってのハードルを下げることができ、起業前提の人材も集まってくるようになったのです。
ガイアックスでなぜこのような制度が実現できたのか。要因は3つあると考えています。
まずは、もともとアントレプレナーシップのある人材を求めていたこと。次は、採用した人材が主体的に事業を立ち上げ成長させる文化を持っていたこと。そして最後に、会社がそういう事業に投資して大きくするという全体戦略を持っていたことです。
この3つがそろっていなければ、制度があっても使えないか、効果的な運用はできなかったでしょう。
江戸の次の目標は、アディッシュの上場を実現すること。
江戸「成功事例をつくらないといけないと思っています。ストックオプションがあるので、事業を伸ばしていけば従業員も役員も普通はありえないくらいの報酬になるわけです。そうすれば、『そこまでいけるんだ!』と思ってもらえるようになるので、そのプレッシャーを自分にかけています。他に子会社化している3社とも、資本政策などのノウハウについて共有する機会をつくる予定です」
制度をつくったことで、さらに自己裁量に任せる文化は強まり、激動と言える時代の変化に素早く対応できるようになっています。それらは、社会問題の解決や顧客満足度の向上に、よりつながっていくはずです。
ガイアックスは今後、それを信じて事業を伸ばすとともに、このような制度が広く取り入れられ、従来にはない成長が会社、そして社会にもたらされることを目指します。