at Will Work

WORKSTORYAWARD

これからの日本をつくる"働き方"のストーリー

日本語力不問!海外の優秀なエンジニアを仲間にーーグローバルな組織開発人事の秘密

株式会社HDE
メッセージ・ソリューション・カンパニーの株式会社HDEは、2011年にクラウドセキュリティサービス「HDE One」をリリース。以降、グローバル人材採用と社内公用語の英語化を遂げ、社員の15%が外国人社員に、さらに海外事業展開も進めています。それは、HDE Oneのリリースを境に直面した、ある課題に対応する組織開発人事のたまものです。

2011年に迎えた転機と、立ちはだかった不可分な課題

▲インドネシアの大学に訪問した高橋実(左)と中込剛(右)

転機は突然加速します。1996年11月に創業したHDEは、オンプレミスなメッセージソリューションを提供してきました。顧客企業の大容量メール配信やインターネットバンキングなどにセキュアな貢献を努め、15年目を間近に控えた頃、東日本大震災が起こります。

自社サーバーを利用できない国内企業が増え、クラウドコンピューティング導入の必要性が高まりました。HDEは即応し、海外のクラウドコンピューティングサービスに基づく「HDE One」をリリース。クラウドセキュリティサービスとして好評を得て、事業成長が加速しました。

しかし、海外サービスに基づく開発のため、仕様変更の情報やリファレンスなどは当然、英語表記。当時のHDEは社員が日本人のみで、TOEIC平均スコアは420程度。開発に翻訳工程を加えると、開発スピードが海外サービスのバージョンアップに遅れを取ります。

開発チームも牽引する代表取締役社長の小椋一宏は、この遅れが事業課題になることを察知。社内の英語レベルに危機感を抱きます。そこで執行役員の天野治夫を中心に、外国人向けインターンシッププログラムの実施や社内グローバル化の推進に取り掛かりました。

HDEでは、まずエンジニア向けのインターンシッププログラムを計画。しかし、当時の社内では「本当にできるのか」という雰囲気が蔓延していました。開発チームが「英語×技術」という不可分な課題に向き合う一方、他部署はことの重大性に気づいていませんでした。

たとえば、当時の人事部長、高橋実はHDEのグローバル化に疑問を投げかけたひとりです。

髙橋 「HDE Oneのリリースにより、会社が急成長するなか、社員数60名ほどで、組織として未成熟だったHDEに、グローバル人材を入れることは無謀だと感じました」

そんな他部署を尻目に、続いて小椋は週1回のマネージャーミーティングを英語化することに。片言の英語で会議することに苦痛を感じるマネージャーは少なくありませんでした。

しかし、2014年に東南アジアの3カ国を訪問すると、HDEはグローバル化に向けて邁進しはじめます。

ある光景に直面したことが、推進力になったのです。

ベトナムで目の当たりにした英語教育への熱気と、意外な使命感の芽生え

▲社内パーティーの様子

ビジョンは人にモチベーションを生みます。HDEは、まず日本人社員の英語教育に力を入れました。たとえばオンライン英会話。学習意欲の低い社員に興味を示してもらうため、工夫して推進しました。

ひとつは「ピザパーティーwithオンライン英会話」というイベントの企画です。金曜夜にピザを食べつつ、オンライン英会話を体験。興味を示した社員は、無料体験チケットを使って週末に学び続けられるよう意識しました。オンライン英会話では、QQEnglishやDMM英会話などの協力を得られ、とても感謝しています。

また、「セブ島流し制度」という施策も。社員が業務から離れ、4週間の短期留学に行きます。オンライン英会話も短期留学も費用はHDE負担。セブ島流し制度第1号の箕浦賢一は、短期留学後、HDEのグローバル化をエンジニアの現場で推進する人材になりました。

しかし、日本人社員の英語学習スピードはなかなか上がらず、海外サービスのバージョンアップに追いつけません。そこで、並行してHDEは未開拓の国外に注力することを決めます。競争力がなかなか出せないHDEでは、あえて中国やインドなどの競争が激しい国ではなく、競合他社が少ない国を開拓する、ブルーオーシャン戦略を取りました。

まず、台湾とベトナムとインドネシアに行くことを決め、2014年夏〜秋にかけて、当時人事部長だった髙橋と、当時HDEでもっとも英語レベルの高い中込剛の2名が3ヶ国を巡ることになりました。

ふたりは3ヶ国を巡り、各国で大学訪問や現地学生とのコンタクト、エージェントからの情報調達などに取り組みました。事前に中込がパイプラインをつくったおかげでスムーズに進み、2ヶ国目のベトナム訪問で転機を迎えます。

髙橋 「ベトナムで学生ビジネスコンテストのレセプションに参加した際、参加者の全員が英語でプレゼンテーションをしているのに驚きました。聞けば、幼少期から英語教育に力を入れていて、小学生でも英語を話したくてしょうがないそうです。先進国の日本が教育レベルも上だと思っていましたが、日本でこういう光景はない。このままでは日本は抜かれてしまうと危機感を覚えました」

グローバル人材採用を疑問視していた高橋にも、HDEどころか、日本にとって英語レベルの向上が必要だというビジョンが見え、使命感というモチベーションの源泉を得ました。とはいえ、まだグローバル人材採用が成功するとは思えません……インドネシアのジョブフェアで、ある光明が射すまでは。

学生2万人に日本企業は1社。社内との温度差を埋めた施策に付加価値アリ

▲バンドン工科大学 学内ジョブフェアのHDEブース

闇は光の予兆です。東南アジア3ヶ国を巡る際、インターンシップを話題にアプローチしていく予定でしたが、不安しかありませんでした。しかし、各国で話すたび、「このインターンシップに参加すれば、ジョブオファーは得られるのか?」と質問を受け、希望を感じはじめます。

2014年9月、インドネシアのバンドン工科大学に訪問した際は翌月3日間のジョブフェアが開催されることを知りました。聞けば、日本企業は未参加です。参加学生は2万人。英語レベルナンバーワンの中込と人事部長だった髙橋は即決で参加を決めました。

10月、ふたりがジョブフェアに参加すると、実際に2万人の学生が集う光景を目の当たりにしました。本当に日本企業は1社、HDEのみです。3,500枚刷ったチラシは2日でなくなりました。インターンシップを受け付けると、300名超のエントリーも……。

それを機に、髙橋でさえグローバル人材採用の成功を確信します。ふたりは帰国後、HDEのグローバル化をぐいぐい牽引しました。2014年は、のちに海外での採用でパイプラインづくりに貢献する台湾人のTing Yu Chengがグローバル人材第1号の社員になります。そして、2年後に社内公用語を英語化する方針も宣言。

しかし、東南アジアの状況を知らない社員は、グローバル化にネガティブでした。そこで、ふたつの施策を打ちます。

ひとつ目は、「ランチパレード」。外国人社員が入社したら、慣れるまで、日本人社員が一緒にランチに行く制度です。費用は会社が負担します。

ふたつ目は、暦に合わせたイベントの実施。外国人社員は日本への関心が高く、月1〜2回実施することで、日本人社員とのコミュニケーションを育みました。実は、これまでのHDEは社内コミュニケーションが希薄でした。それはテック系特有のコミュニケーション不足かもしれません。

それがこのふたつの施策を行った結果、英語に興味を持つ日本人社員が増えただけでなく、社内コミュニケーションも円滑になっていきました。髙橋をはじめ英語が苦手な社員が積極的に英語学習をし、雑談ベースで英語の必要性や英会話を共有してきた成果でもあります。

こうして社内の雰囲気は徐々に変わりはじめます。はじめは特異な目で見られていたグローバル人材も社内にいるのが当たり前になってきて、2015年にはインドネシアから、のちにインターンシッププログラムをコーディネートするYuricia Vebrinaも入社しました。2016年10月、英語を社内公用語にし、さらに1年経過した社内には数々の成果が生まれました。

英語と開発レベルがアップ! 日本語力を不問にした採用活動の新たな目標

▲様々な国のメンバーが集まるHDE

成果は次の扉をノックします。2017年、TOEIC平均650スコアを超えました。

入社3年目の社員は努力し、500スコアから900スコアになったほどです。また、開発チームのエンジニアは半数が外国人社員に。障壁だった英語も徐々に解決していき、開発スピードは高まりました。

また、東南アジアで日本企業としてHDEだけが採用活動を進めた結果、各国トップレベルの人材が入社した成果でした。社員の15%が外国人になり、全社的にグローバル化を推進しています。

そして、外国人社員が母国にHDEのサービスを広め、事業の海外展開もはじまっています。ただし、課題を残しています。社内マニュアルをはじめ公式文書を英語化するため管理部門の負荷。引き続き日本人社員には英語レベルの向上が必要です。

特に国内営業担当者は、社外で日本語取引のため、英語対応する必要性が低い。かつ顧客企業の依頼内容や要件定義を社内向けに英語化して伝えなければならない負担が生まれることは事前に懸念していました。それが、予期せぬ結果で円滑に対応できています。

髙橋 「東南アジアは、日本と同じく非英語圏です。第二外国語として英語を学ぶ者同士、単語ベースの会話でも“同僚”の気持ちを汲んでいます。ネイティブスピーカーと話すより、温かいコミュニケーションが実現しているんです。各国の成績優秀者が集まったおかげで、日本人の英語コミュニケーションのハードルは予想以上に低くなりました」

髙橋は人事部長から人財広報室長に役職を変え、次はHDEのグローバル人材採用を社会に広める業務を担っています。HDEがグローバル人材採用で得た成果は、他社にも適用できる組織開発人事だからです。

インドネシアで採用活動をはじめる企業が1社でも増えたら、相乗効果でHDEの採用活動も促進されます。そして、グローバル人材の採用活動に日本企業が1社でも多く踏み出せば、労働人口の減少に悩む日本の未来も明るくなるはずです。

日本語能力を問うあまり、優秀な外国人を採用できずにいては、経済は活性化していきません。

HDEのグローバル化は、日本のグローバル化にも貢献していきたいという次の扉を見つけました。他の日本企業もともに、これからの日本をよりよくしていくグローバル人材採用という大きな扉をノックしましょう。

同じテーマのストーリー