社会全体への浸透をめざす! 子どもだけでなく、大人にとっても居心地のいい空間設計
社内の女性活躍にとどまらず、「その先にある社会」をより良くする
株式会社乃村工藝社は人々に歓びと感動を提供する集客創造のプロデューサー集団として、商業施設、ショールーム、文化施設などの企画からデザイン、施工、運営までをトータルに行っています。
2014年冬、社内新規事業アワード「フューチャーアワード」にて、育休復帰社員のスキル活用を骨子とした案が、事業の可能性を認められました。そこで本格的に事業化に着手するために結成されたのがTeam Mでした。
フューチャーアワードを受けて、2015年、育休から復帰した社員5名によって発足。Team MのMはMotherとMovementに由来しています。チームを引っ張る松本麻里もそのメンバーのひとり。
松本 「最初は女性社員の活躍という視点から案を出していたのですが、メンバーと話をしていると、この課題は『社員の活躍』で終わらせずに、『社会の課題』にも向き合いたいという意見が出てきました。
社員が、育児の経験を生かして、社会をより良くしていく取り組みこそ必要なものだと。それが今のTeam Mの活動につながっています」
当社は、育休を取得した社員の復帰率が100%という実績を持っています(2017年12月時点)。その要因には、社内環境がある程度整っていることもありますが、「空間づくり」といった仕事内容が、直接、人や社会につながっている実感があることも影響しているのではないかと考えています。
Team Mのコンセプトは、「未来の子どもたちのための場と仕組みをつくる」こと。復帰した社員たちが、育休中に見てきた社会の実情が、このコンセプトのきっかけとなりました。
松本 「育休から復帰してから、それまで通り働けないことに悩む人もいます。ただ、それだけではなくて、働いているときには見えなかった"日常"の不便さを体感した人が多かったんです。
その頃は、まだまだ社会には子どもと一緒にいられる休憩室のような施設は今ほど充実していなくて……。そこで自分たちの持つ空間づくりのノウハウを生かすことで、社会をより良くしたいと思ったのが、はじまりですね」
育休を取って、自らが当事者として不便さを知ったからこそ、子どもにも大人にも過ごしやすい空間の必要性を強く感じることができたのです。
育休復帰社員が「子ども空間のアドバイザー」となってプロジェクトチームに参加
Team Mは、部署横断型のメンバー構成となっており、それぞれが調査研究、企業連携、産学連携などを行っています。また、メンバーは社内外で行われるプロジェクトへのアドバイザー的役割を担うなど、ナレッジを自分の仕事に生かしています。
2017年現在、ベビー休憩室、キッズコーナーなど、いろいろな施設や空間の中に設けられるようになるなかで、その一つひとつに対して、プロジェクトに参画しています。
メンバーが考える未来の子どもたちの空間とは、「子どもも大人もここちよい空間」。
子どものいる空間は、どうしても子ども向けにフォーカスされがちですが、本当にそこは大人にとってもここちよいか、という視点を取り入れたいと思っています。
松本 「たとえば、ベビー休憩室にかわいい動物の絵が壁に描かれている。もちろん、お子さんが楽しそうにしているのは大事なことですが、ぞうさんやキリンさんに囲まれている空間には、親は『ようこそ』とは言われていない感じがして……。
大人が一番機能的に動けて、子どものケアができるということにフォーカスすると、配置も変わってくるはずなので、機能面も重視したうえで考えたいと思っています」
また、大人が過ごしやすい空間のなかで、子どもの居場所をつくることが、成長にもかかわってくるのではないかという考えも持っています。
松本 「そのとき子どもが喜ぶものが、果たして子どもが感性を磨くものとして、本当に100点なのか。おもちゃにしても、空間の使い方にしても、本当に子どもに良いデザインなのか、ということを考えたいですね。『子ども向け』としなくても、子どもも大人もここちよい空間を目指しています」
子ども関連の空間づくりは「女性活躍」の基盤としても課題解決にもつながっていると考え、その解決のためにTeam Mは力を尽くしています。
「この施設には本当にそれが必要か」調査・研究に基づく授乳室
Team Mのメンバーが参画して具体的にノウハウを生かした事例は年々増えています。
ある施設づくりでは、クライアントにも育児中社員がメンバーにいるということもあり、「親子が過ごしやすい空間づくり」というコンセプトを共有。共通言語が多いため、空間に必要な機能などを自然な形で話し合いながら休憩室をつくっていきました。
松本 「いつも思うのは、さまざまなスキルを持つメンバーが一緒になって空間をつくることが、当社の強みだということです。子どもがいる、いないに関わらず、対話を重ね、いろんなアイデアを空間に活かす。この強みがあるからこそ、Team Mの参加を活かせるプロジェクトになると思います」
これまでの取り組みで松本が特に印象に残っているのは、ある科学館からの「授乳室がなくて困っている」という相談を受けて、子どもの成育を専門とする、仲綾子准教授と一緒に行なう産学連携の案件でした。
松本 「当社はクライアントの要望・課題に対し最適な空間づくりをミッションとしています。この科学館はもともと出来上がっているものなので、すぐにつくるのではなく、『この施設にはそもそもどの機能が必要なのか』などを調査してからつくった方がいいじゃないかと考えました。そのプロセスを、大学の先生と一緒に進めていけたのは印象深い取り組みでしたね」
産学連携を円滑に行うことは、今後の社会課題の解決のしやすさにも影響します。この案件でのゴールは調査結果を踏まえて、常設の授乳室を作りました。
松本 「依頼に対し、課題の前提から問い直す。本当に必要なのかをしっかり考えて、調査した上でつくる。これができたことが大きいですね。施設の館長の理解と協力にも感謝しています。」
ここで得た「依頼を踏まえたうえで課題に向き合い、目的を見据えて行動する」という学びを、次に活したいと思っています。
子育ての課題を『他人ごと』から『自分ごと』、『みんなごと』へ
社内ではTeam Mの発足以来、女性社員の増加とともに、産休・育休の取得者も増え続けています。Team Mでは、子ども向け空間のナレッジをまとめたハンドブックを作成。社員向けの参考資料として配布してプロジェクトに活用できるようにしています。
松本 「ハンドブックをまとめるときにお世話になった大学の先生方と、一緒に講演会をし、その知見を取り入れた書籍を出版するなど、思いや考え方に共感してくださる専門家の方々と協業する活動もしています」
Team Mの活動は「子どもと大人のための空間」というテーマがはっきりしているため、このような人脈は広がりやすい環境にあると思います。
当社の取組みには、「輝く女性の活躍を加速する男性リーダーの会」に加入し、在宅勤務の導入がはじまるなど、社内制度の整備が進んでいます。今後のTeam Mの目標は「事業として成果を出せる仕組みをつくる」こと。社内の子どもの空間の情報・知見を集約する役割を担いつつ、アイデアを日々練っています。
そして、今後の「子ども空間」について、松本はある考えを持っています。
松本 「企業や行政など、属性をとび超えて、課題意識を持った方が解決に向けてアイデアを出し合って具現化できる拠点があるといいですよね。
私たちはシンクタンクや企業と緩やかにつながっていますけど、さらに当事者意識を持つ人といっしょに、子どもに関わる課題を『他人ごと』から『自分ごと』『みんなごと』に、さらには、ちょっと大げさになりますが『未来をつくること」としてとらえたいと思っています。」
業界が一丸となって、豊かな経験ができる場とその仕組みづくりのために、安心安全で心地よい空間と活動をデザインする。子どもたちの未来のために行動する。これが、乃村工藝社Team Mのブレない目標なのです。