はじまりは「申し訳なさそうに帰宅するママ社員の姿」ーーある社員の想いが会社を変えた
いくら制度があっても、活用されなければ意味がない
「ライフイベントを経ても、意欲ある女性社員が働き続けられる環境を整備する」——。
社員の90%以上、管理職の85%以上を女性が占める株式会社シーボンにおいて、女性が長く働き続けやすい仕組みを整えることは重要な経営課題のひとつとなっていました。
⾃社開発した化粧品の販売と、直営店「シーボン.フェイシャリストサロン」でのアフターサービスを特徴とする会社を支えてきたのは、現場にいる女性社員の活躍です。特に社員の大多数を占める直営店の美容社員は、製品や肌に対する知識やマッサージ技術、店舗運営に関するノウハウなどを入社時から学び続け、お客様に提供してきました。
一方で、出産や育児といったライフイベントをきっかけに、キャリアを断念したり、退職を選択せざるを得ない社員が多かったのも事実です。
せっかく育てた人材がライフイベントのために退職してしまうのは企業としても大きな損失。その状況を打破すべく、2008年に動きやすいデザインが特徴の「マタニティ制服」を採用。これを皮切りに育児休業や育児短時間勤務期間の延長など新たな制度を次々と導入していきました。
これで課題が解決される……と思いきや、今度は新たな課題に直面したのです。人事部門主導で制度の拡充や環境整備を進めたにもかかわらず、なかなか思うような成果があがりません。
後に新設されることになる「ES向上推進室」でマネージャーを務める稲葉理子は、当時の状況を今でもよく覚えています。
稲葉 「制度が年々拡充する一方で、約100店舗のサロンで働く社員一人ひとりに十分に理解されていないという課題が浮き彫りになっていました。まず制度の内容をきちんと理解してもらう必要があったんです」
制度を浸透させるカギは「立場の異なる社員がお互いを理解すること」
制度はあるのに、なぜ思うように活用されないのか。
主な要因として社内で上がったのは「制度が社員の間に浸透していない」「身近なロールモデルの不在」「多様な働き方を受け入れる意識の不足」という3つでした。
稲葉 「制度を利用するママ社員がいるお店とそうではないお店で、制度の浸透具合が全く違ったんです。ロールモデルがいない店舗では制度の存在や活用することで長く働けるということをきちんと伝えきれていない状態でした」
現時点では制度を必要としていない社員も、いつかは制度を使い支えてもらう立場になるかもしれません。制度を浸透させるためには、活用する側と支える側の双方がお互いの立場を理解することが大切です。
制度の設計と、浸透させるための社員の意識改革。シーボン.では2013年にこの重要な役割を担う専門部署が立ち上げられました。それこそが、ES向上推進室です。
ES向上推進室のミッションは人事制度の内容も含めて「女性が輝ける会社であること」を全社員に実感してもらうこと。人事と一緒に制度の企画をしていくとともに、インナー広報のような位置付けで社内への発信も行います。
立ち上げ当時から在籍する稲葉は、もともと人事課の一員。採用業務と合わせて人事制度の設計をしていました。
稲葉 「人事課にいた時は導入まではできても、浸透させるところまでは他の業務もあって難しかったんです。やっぱりライフイベントを迎える社員以外は制度の内容を知らないという現状だったので、まずは制度を使っていない社員がわからないことをなくしたいと思いました」
最初のメンバーは稲葉を含めてたったのふたり。そこからショートタイム正社員や定年の延長といった人事制度の設計に加えて、近くにロールモデルがいない社員にも「制度を活用して活躍するメンバー」の存在を伝えるべく、社内報を活用した啓蒙活動にも取り組みました。
社長の心を動かしたある社員のプレゼン、背景にあった“あるママ社員”の姿
シーボン独自の学びの場「CʼBONカレッジ」。ES向上推進室が2014年から新たにはじめたものです。ここでは参加者が「シーボン.で叶えたい夢」を半年間かけて形にし、プレゼンテーションをします。
そんなCʼBONカレッジの記念すべき第1回目。参加者のひとり、当時上大岡店でチーフを務めていた榎本菜々美の夢が、社長の金子靖代をはじめとした社員の心を動かしたのです。
「シーボン.に関わるすべての人の絆を強め、働く女性を幸せにしたい」
その想いのもと、榎本はファミリーイベントを発案しました。背景にあったのは、あるママ社員の姿です。
榎本 「シーボン.でずっと働き続けたいと思っていましたが、結婚や出産も経験したいし、今のように楽しく仕事をしながら育児ができるのか不安になりました。シーボン.は育児休業や時短勤務など仕事と育児の両立をバックアップする制度が充実していて、⻑く働き続けることができる会社だと思います。
しかし実際にサロンで働いているママ社員を見ていると、毎日仕事や育児に忙しそうで……子どもに何かあったときに同僚に対して申し訳なさそうにしている姿をみて、さらに働きやすくするには『周りの同僚や家族の理解」が大切だと考えたんです」
結果的に榎本のプレゼンテーションは優秀賞を獲得。賛同の多かった彼女の企画はES向上推進室を中心に試行錯誤を繰り返した後、「シーボン.ファミリー・デイ」として実現しました。
稲葉 「『子育てをしているママ社員の子どもと触れ合う機会が欲しい』という彼女の想いを重視しながら、どのような形であればスタッフ全員が子育て中の社員と触れ合えるか。そして子育ては大変だけど、それでもやりがいを持って仕事を続けている社員の想いが伝わるか。そのようなことを考えながら設計しました」
初回は「出産後も働き続けることができる環境をつくる~若手社員へ先輩ママ社員からやりがいを伝えよう~」というテーマのもと、2015年に横浜エリアで開催。ママ社員と家族を招き、若手社員はスタッフとして参加しました。
イベントではママの仕事への理解を深めてもらうべく、子どもに職業体験をしてもらう企画や若手社員が子どもと交流を深める企画を実施。同僚や家族で交流できるミニパーティーや、家族や同僚に対する感謝を手紙や動画で伝える機会も設けました。
稲葉 「申し訳なさそうに早い時間に帰っていくママ社員をなくしたい。そして若い社員には『先輩のようにお母さんになっても、やりがいを持って働き続けられるんだ』というイメージを持ってもらいたい。イベントが終わった後でそう感じて欲しいなと思っていました」
周りの人を巻き込むファミリー・デイだからこそ生まれた成果とは
ファミリー・デイを終えた後、アンケートを通じて参加者からさまざまな声が寄せられました。
「育児にも仕事にも一生懸命なママ社員を見て、自分が同じ立場になっても協力し合いながら仕事を続けられそう」という若手社員の声。
「家族や同僚、お客様、たくさんの方の協力と支えがあって働き続けられると改めて実感した」、「同じママ社員が他店舗に多くいることを知り、自分もさらに頑張りたいと感じた」というママ社員の声。
社員に加えて、そのパートナーや子どもたち、両親からも多くのコメントをいただきました。家族が今まで以上に応援してくれるのは、ママ社員はもちろん、他のメンバーにとってもモチベーションになります。これは社内だけでなく「周りの人を巻き込んで」行うファミリー・デイでしか実現できないことです。
効果は数値にも現れ始めています。ファミリー・デイ開催エリアの退職率は、未開催エリアと比べて6.3%低いという結果がでました。
稲葉 「ファミリー・デイだけが退職率低下の要因かどうかは特定できませんが、制度を活用することで育児と仕事を両立できるという認知度はあがったと思います。
開催エリアでは出産しても働き続けたいという若手社員の声が増えたという話も聞いています」
これまでの実施回数は計6回、参加人数は500人を超えました(2017年12月時点)。開催を希望する声も多く、内容を充実させながら今後も年に2〜3回実施していく予定です。
ファミリー・デイをはじめ、さまざまな制度設計や啓蒙活動を続けてきたES向上推進室。女性の平均勤続年数が2009年から伸び続け、女性管理職の比率や育児休暇取得率が上昇するなど、これまでやってきた活動が実を結んできました。
稲葉 「女性のライフイベントといっても結婚や出産、育児など多様で、子どもがいない社員や独身の社員も大勢います。そのため女性が⻑く働き続けられる環境を作るためには、制度の整備以上に立場の異なる社員同士が、お互いを理解し支え合うという意識を持つことこそが大切だと改めて感じています」
もちろん、現状に満足している暇はありません。ES向上推進室ではすでに男性育児やセカンドキャリア、シニア世代の社員活躍の浸透といった新たな取り組みをはじめています。これからの社会を見据えれば「介護」というテーマも避けられません。
稲葉 「大事なキャリアと確かな技術を培ってきた社員がやりがいを持って働き続けられる環境を、いかに作っていけるか。常にそのことを考えています」
シーボン.のお客様の多くは、多くの人生経験を積んだ50歳以上の女性。社員が様々なライフイベントを経験することで、お客様と共有できる想いも増し、絆を育みより高いお客様満足度を提供できると考えています。