アバターでクラウドオフィスに出社──物理的制約から解放されることで見えてきたこと
リモートワークとオフィス内勤務のいいとこ取り
公認会計士として大手監査法人に勤めていた深野は、客先への打ち合わせや出張などで、ほとんどオフィス内で過ごせていませんでした。どこにいてもできる作業だったため、仕事が滞ることはありませんでしたが、あることに気がつきました。
深野 「業務上の伝達事項は、メールやチャットなどで伝えることができていました。でも、雑談をするには至らなかったんですよね。オフィスにいれば何気ない変化に気づいて声をかけたり、プライベートでこんなことがあったというような世間話もできたりするから、よりいっそう、チームメンバーとの一体感が生まれる。そういうものが、テレワークではできない、と感じたんです」
子育てや介護といった家庭の事情で、通勤を断念せざるを得なかった人の増加、労働人口の減少、少子高齢化など、仕事環境周りにはさまざまな課題が山積しています。
もともと仕事が物理的な場所に縛られるべきではないと感じていた深野は、通勤という固定観念を打ち破れば、「働く」をアップデートできるのではないかと考えました。
とはいえ、前職の経験からコミュニケーションに関しては、同じ空間にいたほうがいいということも痛感していました。
そこで、好きな場所で仕事をしながら一体感を得られるような方法はないだろうかと考えて、そのソリューションを開発するために2019年1月にOPSIONを設立。
創業メンバーは3人。志を同じくする仲間でした。人数が少なかったこともあり、テレワークでも密なコミュニケーションをとることができていました。
開発にあたり、ニーズの有無や評価などはSNSを通じて行うことに。リモートワーカーたちからは「家にこもっていることが多く、気軽にしゃべれない」「雑談ができないから、イノベーティブな発想が生まれにくい」「孤独に感じる」といった声が。また、経営者側からは「物理的に異なる場所にいると、姿が見えないためマネジメントしづらい」という声が集まりました。
深野 「クラウド上にバーチャルオフィスがあり、そこに自分のアバターを出社させ、会話できるようにしたらどうか?と提案したんです。
『それは良いんじゃない?』という反応が返ってきましたね。自分たちの着想がズレていないんだな、ということに自信をつけ、開発を進めていくことができました」
どんな環境の人でも自分のやりたいことができるのが仮想世界
深野 「使ってみないとイメージがわかないと思うので、開発は急ピッチで行いました。動くものを使ってもらい、早く感想を聞きたかったんですよね」
各自が自宅など好きな場所で作業をし、創業からわずか2カ月後にはRISAの前身となる3Dバーチャルオフィス「Metaria」α版を公開。8月にはサービス名称を変更し、クラウドオフィス「RISA」β版をローンチしました。
深野 「 3人だったメンバーは、 10人に増えていました。もちろん、出社するのは RISA内にあるクラウドオフィス。フィジカルには自分たちの好きな場所で働いてもらっています」
ここで、RISAを使ってどのように仕事をしているのか、簡単にご紹介します。
仕事のために出勤するかのように、RISAにログイン。すると、自分の分身のアバターがバーチャルオフィス内に表示されます。VRゴーグルといった特別な機器やアプリはいりません。パソコンのWebブラウザーのみでシステムを利用できるのです。
深野 「企業ごとに割り当てられているバーチャルオフィスは 3D空間で、その中を自由に移動できます。本物のオフィスにいるのと同じ感覚を得られるため、物理的には距離があっても、雑談しやすく、密なコミュニケーションをとることができるんです」
「働く場所が自由」「複業OK」「コアタイムなし」という雇用条件のため、本社のある大阪だけでなく、東京、京都、福岡など、日本全国から求人への応募があります。
深野 「せっかく優秀な人財がいても、『距離が遠いから』『働ける時間が短いから』という理由で出会えないのは本当にもったいないと思います。 OPSIONなら、時間や場所という物理的な制約から解き放たれて、やりたい仕事に注力できる環境があるんです」
また、当社では採用の際にも物理的に顔を合わせることはありません。履歴書の提出も不要です。
吉田 「自己 PR文を読めば、その人の人となりはおおよそ判断できます。実際、リモートワークで求められるのは、情報伝達能力。 200文字程度で収められなければ、わたしたちからすれば『アウト』ですよね(笑)」
このような採用方法を取ることにしたのには、深野の生い立ちも大きく関係しています。貧しい母子家庭で育った深野は、生まれた環境で待遇に差が出るということを痛感していました。
深野 「やりたいことがあっても、自分ではどうにもできない環境のせいでできないことがある。そういう、環境によらず、誰もがやりたいことにチャレンジできる世界をつくっていきたいという想いがあって、 OPSIONを立ち上げたんです。現実社会を変えるのは難しいので、仮想の世界の中に、そういう環境を構築したんです」
働きすぎが課題になってしまうような、リテラシーの高いメンバーたち
OPSIONにはコアタイムがありません。そのため、朝の時間帯に作業をしている人もいれば、夜中に仕事を始める人もいます。しかし、10人を超えてからはコアタイムのなさがひとつの課題になったと深野は感じています。
深野 「 13人のメンバーがいますが、バーチャルオフィスに行っても、誰もいないという状況もあるんです」
気軽に雑談できるはずの場所でメンバーに遭遇する確率が減少。また、好きな時間に働けることが、ある課題をつくり出す原因になってしまいました。それは、「働きすぎてしまう」というものです。
吉田 「『姿が見えないから、マネジメントが難しい』という意見は、通常であれば『きちんと働いてくれているかどうか不安だ』という心理が裏にあると思います。でも、 OPSIONでは、働いた分だけ成果が出るから働きすぎてしまう。しかも、若いメンバーが多いのでスタミナに溢れていて、ペース配分がうまくできない、ブレーキが効かないという状況になっているんです」
これらの課題をクリアするため、深野と吉田は、採用者に直接会いに行く“全国行脚”や、RISA内の会話の秘匿性が守られる会議室スペースなどを利用して1on1を実施しています。
深野 「社長が誰かもわからない状況ではまずいですからね(笑)。ちょっとだけ時間をつくってもらって、雑談ベースでコミュニケーションをとるようにし始めたところです」
テキストだけでは、すれ違いや、言葉を重く受け止めすぎてしまうといった体験が生じたことから、アバターには感情を表現する「エモートアクション」を実装。本気なのか冗談なのかが伝わりやすくしました。
今でも、OPSIONで働くときのルールは、「仕事時間中はRISAにログインしておくこと」だけ。会社として成し遂げたい目標のみを各部署に伝えておけば、メンバーは、部署内で決められたゴールに向かって自律的に作業を進めています。
吉田 「経営メンバーと社員は 1on1でコミュニケーションがとれるようになってきていますが、そのうち自発的に『この時間に集まろうぜ』と、部署内で自分たちルールをつくるかもしれませんね」
深野 「仕事に対するリテラシーの高い人だけが集まってきているので、誰も見ていなくても、仕事をしたいから仕事をする。そういう環境ができていると感じています。僕は『おのおのが考えたことが会社の答えだから頑張ってね』と言うだけ。仕事をさせるためのマネジメントは、まったく不要という状況なのが、今の OPSIONの特徴です」
バーチャルオフィスに集うからこそ見えてきた、リアルコミュニケーションの重み
今はまだバーチャルオフィスというしくみにとどまっているRISAですが、将来的には企業同士でコミュニケーションをとれたり、オフィス外でアフター5を楽しめたりするような、よりリアルに近い世界を構築したいと考えています。
深野 「 OPSIONという社名は『世の中に VISIONのある OPTIONを』というミッションを由来とするもの。生まれながらの境遇、住んでいる場所、使える時間などが制約となり、人は自分の抱いているビジョンを実現するための選択肢すら持てないことがあるでしょう。
でも、OPSIONでは制約の多い現実世界ではなく、それらから解き放たれた仮想世界を通じて、自分が本当にやりたいことを実現できる機会を提供できます。 RISAは、その足がかりとなるのです」
2019年11月現在、β版のRISAをローンチしてからまだ数カ月。それでも10社100ユーザーが利用しています。
深野 「この取り組みが注目を集め、テレビ東京の『モーニングサテライト』に出演したこともありましたが、もっとも嬉しかったのは、初めて有料で使いたいというお客様が決まったときですね」
導入を検討するのであれば、「考えていないで、実際にやってみることが必要」だと深野は考えています。
深野 「全社では難しくても、 1部署全員をリモートにしてしまう。デメリットや、起きそうな問題を考えていても仕方ないところがあると思うんですよね。それより、出勤するのをやめてしまうのがいい。予想よりいけるところもあれば、そこではじめて見えてくる課題もありますから」
吉田 「僕は複業のひとつとして OPSIONで働いています。リモートでフルフレックス。好きな時間に好きな場所でパソコンを立ち上げて仕事を始めれば、誰かが RISAにいる。物理的制約から解放されていることのメリットを、かなり享受していると感じています」
月に数回、物理的に顔を突き合わせた経営チームミーティングの重みも変わってきました。
吉田 「普段、バーチャルの中にいるから、リアルに会うことの大切さがわかるっていうか。密度の高いコミュニケーションをとれるようになりました」
深野 「現実世界である必要がないものを極めたら、現実で何が必要なのかも極められました。極端に振ることで見えてくるものがあるんだな、と RISAというツールは教えてくれたと感じています」
RISAを使ったリモートワークは、当社が提示する選択肢(OPTION)のひとつでしかありません。これからも、現実世界の固定観念にとらわれない新しいOPTIONを提供し続けていきます。