「相手を知れば意思疎通もスムーズに」──「トリセツ」が生み出す計り知れない効果
コミュニケーション不足を解消し、一体感の醸成へ
「女性が生き生きと働く場を提供したい」という想いを持って、株式会社LiBが生まれたのは、わずか5年と少し前。ベンチャー企業のほとんどがそうであるように、新卒社員よりも中途社員のメンバーの割合が多い組織です。
メンバーのバックグラウンドはさまざまで、大手企業出身者やベンチャー企業を何社も渡り歩いてきた人、同じ業界からの転職者もいれば、まったくの未経験という人もいます。もちろん、年齢や家族構成など属性もさまざま。
成長フェーズにあることから多種多様なバックグラウンドを持つ社員数が急激に増え、プロジェクトが次々生まれるなど組織内での変化も激しい。スピード感を持ってビジネスを前に進めていきたいのに、お互いのことをよく知らないため、どのように接すればいいのかわからず、気を遣ったり遠慮したりして意思疎通がはかどらず、それが事業の進み具合にブレーキを掛けることになってしまっていました。
「どうすれば、コミュニケーション不足を解消し、一体感を醸成できるだろうか」──経営メンバーたちは、その解決策を模索していました。
佐藤 「前職から役員を中心とした議論慣れしたメンバーとばかり仕事をしていたため、私自身、議論効率を求めすぎるコミュニケーションのクセがありました。そのクセによって、メンバーが意見を言いづらくなるシーンが発生していました。
そんなとき、代表の松本洋介から『その仕事スタンスや背景を含め、もう少し自己開示/他者理解を深めた方がお互い無駄なストレスが減って良いのでは』とアドバイスをもらいました。
メンバーの人となりや何が得意なのか、お互いのことを深く知れば話し掛けやすさが生まれ、コミュニケーションも円滑になり事業の前進にも役立つでしょう。とはいえ、個別に対面で話す機会を増やそうにもお互いに時間がないし、ランチタイムや業務時間外に時間を共有するにはお金もかかる。大切だとわかってはいても、コミュニケーションコストをかけている余裕がとれなかったんです。
そんな背景もあり、自分について知ってもらおうという趣旨で社内の情報共有ツール Kibela(キベラ)に「自分の取扱い説明書」をつくって開示してみました。あまり固く受け取られすぎないように、西野カナさんの楽曲『トリセツ』を参考に、タイトルは『佐藤洋介のトリセツ』にして」
自分の人となりや仕事するうえでの考え方、家族事情をふまえた働き方などを積極的に開示することで、一緒に業務に携わる人とのコミュニケーションが円滑になり、他の社員からも話し掛けやすくなったと評判に。そこから、トリセツ制度がスタートしたのです。
お互いに深く知ることで、応援し応援される関係に
このようにスタートしたトリセツですが、LiBのミッションにもマッチするものでした。
佐藤 「 LiBのミッションは、『生きるをもっとポジティブに』というもの。対象は、社外の人だけでなく、社内の人も含まれます。
LiBでもっと輝ける、と考えて加わってくれた仲間たちですから、その人生を社を挙げて応援したい。まずは、社員同士の理解を深めることで応援し応援される関係になれるんです。そうして、みんなで自分の人生を前に進めることが生きるをポジティブにしていくことにつながるんです」
トリセツは既存の情報共有ツール上に公開されており、社内の人間であれば誰でも気になる人のことを検索して閲覧でき、自分のトリセツであればいつでも書き換えることができます。
記載内容は、一般的な自己紹介よりも掘り下げたもの。それまでの経歴や趣味だけでなく、価値観、家族、仕事のポリシー、仕事の進め方、モチベーションの源泉などを含めたり、自分の好きな写真や漫画のイメージを使ったりする社員もいます。
LiBに入社した理由や、人生でかなえたい夢などについても表明できるため、他人に知ってもらうだけでなく、自分の内面について深く考え、整理し、言語化する機会、自分が抱いている目標を再認識する効果もあります。入社直後に作成すれば、後々見返すことで、当時のモチベーションや想いを振り返るツールとしても役立ちます。
そして、仕事以外のことも含めるのは、メンバーの仕事関連のことだけでなく、その人全体を応援したいから。
佐藤 「ワークとライフを分けるというより、その “人全体 ”をしっかり知って、お互いに成長できるようにしたい、という意図がありました」
もちろん、仕事上のコミュニケーション促進にもトリセツは大きな役割を果たしています。
佐藤 「自分では『自分はこういう人間だから』と思っていても、外部からはわからない。見た目でしか判断できないわけですから。そうすると、どうしてもズレが生じてしまう。ズレてしまえば、自分が考えているように接してもらうことは難しくなりますよね。
そのズレをできるだけ少なくし、円滑なコミュニケーションを図れるようにするのがトリセツの役目なのです」
誰でも書けるように──細かいところに気がつく社員によるテンプレ化
佐藤ひとりが情報共有ツールに公開することから始まったトリセツは、少しずつ広まっていきましたが、全社員が公開するまでにはハードルがありました。
濱田 「何をどのように書けばいいのかが決まっていないと書きづらいんですよね。しかも、最初にトリセツを公開したのは創業メンバー。執筆が得意であれば書きやすいでしょうけれども、そうでないと難しい。
自由記述より、フォーマットをつくったり、書くときの注意点をきちんと示したりしたほうが、みんなが書きやすいのではないかと考えたのです」
そこで濱田は、「トリセツの書き方」として「既存社員のトリセツを読んでみよう」「記事の書き方を学ぼう」「読まれるにはどうすればいいか」などをまとめました。
テンプレートも作成し、項目を埋めるだけで完成するようにしくみ化まで行っていきました。
濱田 「新しい社員が、負担を感じずにトリセツを書けるようにということを目指しました。でも、がんじがらめにするのではなく、自分で好きなようにカスタマイズもできます。
たとえば、取締役の近藤和弘は、エンジニア畑に長くいたためクールに見られがちなのですが、実はものすごく人のことが好き。また、漫画も好きなのでその中から自分の感情にマッチしたコマを切り出して画像として使っています。同じ好みを持つ若手社員の中には、それまでの取締役との距離がなくなり、話しかけやすくなったと感じている人もいるようです」
佐藤 「濱田がテンプレート化してくれ、情報をまとめてくれたおかげで、全社員のトリセツを情報共有ツール上に公開することができています」
会社を卒業してもずっとつながっていたくなる関係づくりに
トリセツを始めたことで、さまざまな効果が現れてきました。
先輩社員が新入社員のことを知っている、というだけでなく、新入社員もトリセツで先輩たちのことを知ることができているため、安心してコミュニケーションが取れるようになったのです。
新入社員からは「入社後、間もないにも関わらず、トリセツを見た先輩たちから『こういう趣味があるんだね』『これが得意なら、この仕事を一緒にやってみようか』と声をかけてもらえた」「先輩のトリセツを見て、『短刀を直入する傾向があります(たまに失礼に聞こえるかもしれませんが、悪意はありません)』とか『怒っているわけではなくて、議論をしているつもりなんです(最短時間でよい結論を得ようとしているだけなんです)』という説明のおかげで、相手の真意が見えて、怖がったり緊張したりすることなく話しかけられました」という感想も聞こえています。
佐藤 「『 LiB』という社名は『 Life』と『 Business』の間に『自分( i )』がいることを表しています。つまり、ライフもワークもその人自身。
ただの同僚としてだけでなく、せっかく LiBという同じ場所に集ったのですから、夢も含めその人の人生そのものを応援したい。そのためには、お互いのことを、仕事の分野以外のことでも知っておいたほうがいいですよね。トリセツは、その人そのものを深く知り、理解するのに重要な役割を果たしてくれるのです」
将来のいつか、社員がLiBを卒業したとしても、関わりを持ち続けたい、と思ってくれるようになるのが佐藤の願いです。「『生きるをもっとポジティブに』していく対象は社内外の人が関係しているから」です。
自分を開示することで、人に話しかけてもらいやすくなる。情報があるから、臆することなく先輩や創業メンバーにも接することができる──トリセツは人間関係にありがちな課題を解決してくれるツールになっています。
濱田 「社内 Wikiや情報共有ツールをすでに使っているのであれば、同様の取り組みは他社さんでもできるのではないでしょうか。トリセツは、他人にとっても自分にとっても価値のあるツールなので、ぜひやってみていただきたいですね」
トリセツは、簡単に始められて少ないコストで最大の効果を得られる社内コミュニケーションツールなのです。