郊外に眠るダイヤの原石を発掘する。地方人材が活躍する「&donuts」誕生の背景
住む場所でキャリアが制限されてしまうのは、おかしい
イノベーター・ジャパンは、東京に本社を構えています。なぜその環境で、郊外に住む方々のキャリア活用に着目したのか。背景には、ふたつの課題がありました。ひとつは、メンバーの保育園問題です。
創業して数年がたったころ、当社にも自身のお子さんが保育園に入園できないという状況に直面したメンバーがいました。保育園に入れなければ、仕事に割ける時間は大幅に削られてしまいます。そもそも保育園に入れるかどうかで働き方が制限されてしまうのはおかしいのではないか。もしかしたら、保育園に頼るだけでなく“子育てをみんなで共有できるしくみ”ができるのではないか。そのような思考が社内に生まれ始めました。
ふたつ目は、人材不足の解消です。事業が拡大していく中で新メンバーを採用しようとしたところ、かなり苦戦しました。都心ではどの企業も人材不足に苦しんでおり、優秀な人材の獲得競争が激化しています。
一方で、郊外に目を向けると高いスキルを持っている方がたくさんいます。ただ、郊外は都心に比べて求人数も職業の幅も狭く、思い通りのキャリアを歩めない方が多い。それなら“郊外にいながらでも都心と同じように多様なキャリアを選択できる状態”にすれば、このようなミスマッチを解消できるのではないか、そう考えたんです。
ライフステージの変化や居住地に関係なく、自由にキャリアを形成できる環境を提供したい──このような構想を実現するにはどのような手段が最適なのか、しばらく模索する時期が続きました。そんな折、代表の渡辺順也がたまたま赴いたデンマークで、大きなヒントを得られたのです。
デンマークのコレクティブハウスから着想を得た、共創型オフィス
デンマークには、共同生活を送る入居者全員で子育てや家事を分担する「コレクティブハウス」が存在します。渡辺もコレクティブハウスを体験したところ、コミュニティ内に共創中心の思考が根づいていることに気づいたんです。同時に、このような共創型コミュニティを再現すれば、私たちが抱える課題を解決できるのではないかと考えました。
また、2015年に当社の東京オフィスで、デンマークのビジネスデザインスクール「KAOSPILOT」から4名のインターンを受け入れた経験も大きかったです。 「もっと女性人材が活躍できる場を」というテーマのもと、インターン生と共に1ヵ月間構想を練りました。
アイデアを出すにあたり、インターン生が日本でリサーチを実施。女性人材が活躍する上で何が障壁となっているのか、女性は何を求めているのかを調べてくれました。
調査をもとに描かれたのは、円形のキッズスペースを取り囲むようにドーナツ状のワークスペースがあり、どこからでも子どもの様子を伺えるオフィス。そこでは、働くだけでなく、メンバーや子ども向けのプログラムが提供されている、というものでした。これが「&donutsプロジェクト」の原型です。
数年の時を経て、都心をぐるっと囲む郊外でキャリア形成できるコミュニティを構築できればいいのではないかという発想に行き着きました。前述のドーナツ状のワークスペースに加え、郊外を「都心を囲むドーナツ」と捉えたことで、「&donut」というネーミングは誕生しました。
構想を固めていく中で、渡辺の出身地である千葉県柏市で実現させたいという想いが強まり、私に声が掛かりました。都内から自然豊かなこの地を好んで移り住んだ私にとって、この地で働く時間に制限があっても積み上げてきたスキルを生かせる場を創出できる機会をいただいたことは光栄であり、ライフワークになると感じました。そして、自ら先導していく決意をしました。
拠点立ち上げの経験などなかったので正直不安はありましたが、思い描く未来へのワクワクを原動力に推進してきました。思うように進まないと悩んでいるとき、「設立パートナーを探した方がいいよ」と渡辺からアドバイスをもらいました。
そこで、自分の想いを理解してくれる人を思い浮かべたところ、地元の友人である田中美代子が一番だと思いました。田中に、思い切って&donutsプロジェクトを伝えてみたところ、「プロジェクトを成功させることによって働き方の選択肢が増え、社会が少しでも変わったらいいね」と加わってくれました。
パートナーを得て、それまで感じていた産みの苦しみが、すべておもしろみに変わっていきました。田中と一緒に、どうやってプロジェクトを推進していけばいいのか考えるのはとても楽しくて。これこそが共創だと実感しましたね。そして、共創の環を同じ温度感で広げていけるよう、&donutsではオフィス勤務を基本としています。
こうして、2017年1月に無事、柏の葉キャンパスにオフィスを開設。2019年3月には、2拠点目となる湘南オフィスを新設しました。
共創型ワークを実現し、社員同士だけでなく地域住民も含めたコミュニティを形成
&donutsで実現したいのは、共創型コミュニティの形成により、育児や居住地などの制約があっても自分らしいキャリアをデザインできるプラットフォームを構築すること。ですので、業務の属人化を排除し“時短勤務や突然誰かが休まなければいけなくなっても問題なく対応できる体制“をつくる必要がありました。
&donutsでは、イノベーター・ジャパンの事業の中でもメディア運用におけるWebオペレーション業務を中心に担っています。オペレーション業務を細分化し、複数人でステータスを共有しているので、誰がいつ抜けても別の誰かがすぐに対応できる状態です。
基本的なやり取りはすべてオープンチャットで行い、各々の業務内容をできるかぎり公開し、お互いの仕事状況を把握できるようにしています。その中で誰かが困ったら自然に誰かが手を差し伸べる。まさしく、デンマークのコレクティブハウス的な共創コミュニティが形成されつつあると思います。
実際、&donutsメンバーに働き方に関するアンケートを実施したところ、ほとんどの社員が非常に満足していることがわかりました。
90%以上の人が以前の職場と比較して働きやすくなったと実感しており、80%以上の人がQOL(Quality of Life、生活の質)が向上したと回答しています。
メンバーとの会話の中で聞こえてくるのは、「自分が築いてきたキャリアを生かしながら、家族も大事にできているのがすごく嬉しい」という声。
&donutsが目指す世界に確実に近づけていると実感しています。
もちろん、共創コミュニティはオフィスを構える地域にも広げていきたいと思っています。その取り組みのひとつとして、地域住民を招待し、これからの働き方や多様化する社会の未来を一緒に考えたりするイベント「andonuts cafe」を年に数回、開催しています。
時短勤務の方が多い中でイベントを定期開催するのは正直かなり大変です。ただ、多様な働き方が許容される社会を実現したいという想いを地域の方に伝え、ともにつくっていく流れを起こしたい。その一心で、メンバー全員で協力したり、近い想いを抱いて活動されている企業と協働したりしながら実施しています。
イベントに参加いただいた方からすごくポジティブな感想をいただけたり、自分も働きたいと言っていただけたりするので、どれだけ大変でも、開催後は社員一同イベントをやって本当に良かったと感じています。
居住地に制限されず、キャリアを積み重ねていける環境が当たり前の世の中に
今は柏市と湘南の2拠点で展開していますが、今後は関東圏だけでなく全国にも&donutsのオフィスを設立し、輪を広げていきたいですね。居住地がどこに移ってもキャリアをしっかりつなげていけるような社会にしたいんです。
というのも、ご主人が転勤族で引っ越しの多いメンバーが「引っ越しするたびにキャリアをリセットしなくてはならなかったけれど、仕方がないとあきらめてきた。でも、&donutsに出会ってからは『あきらめる必要はない』と気づけた」と語ってくれたことがありました。
引越し先に&donutsの拠点があれば、そこでまたキャリアを重ねていける。このような希望を持ってもらえたことが、&donutsプロジェクトを立ち上げて一番良かったと感じるポイントです。
他にも、ダブルワークをしているメンバーもいますし、やりたいことと仕事を両立できている人もいる。将来やりたいことに向けて準備をしているメンバーもいて、各々の理想を実現するための土壌を構築できつつあります。
&donutsは、シンプルに言えば「自分がどう生きていきたいか?」を追求し、仲間とともにそれを体現するために存在しています。仕事に自分を合わせて、自分の希望をあきらめるのが当たり前な世の中ではなく、自分のミッションやビジョンが働く環境と重なり、何もあきらめることなく理想的な人生を歩めるのが当たり前にしたい。
&donutsの価値観に共感して加わってくれたメンバーが、それぞれの経験や才能を生かして活動していけば、道のりは長いですが着実に理想に近づいていけると確信しています。今後は、さらにメンバーや協力してくれる地域住民、企業の環を広げていきたいですね。