もう「私なんて」は封印――ママが自分らしく自由に働くための"世の中への挑戦"
妊娠をきっかけに退職――産後の再就職の前に立ちはだかる“高い壁”
ママントレ代表の須澤美佳は、もともと東京のIT企業でSE(システムエンジニア)として働いていましたが、2004年の結婚を機に夫の実家がある関西へ。
幸い異動願いが通り、同じ企業で働きつづけることができました。しかし、関西支社ではSEの人手が足りず、東京時代よりも多忙な日々に。ゆったり新婚生活を送ることはままなりませんでした。
このまま働きづめでは子どももできない、できたとしても産後のワーキングマザー生活を想像してみると、子育てとの両立は難しいと判断。
須澤は退職を決断しました。
その後、妊娠。
その喜びの一方、退職後も業務委託というかたちでSEを続けようとしましたが、切迫流産(※1)になったことで、あきらめざるを得なかったのです。
安静の状態が続き、無事に出産して5日目のころのこと。
夫から「仕事がなくなるかもしれない」という衝撃の告白がありました。
須澤 「当時は頭が真っ白になりましたね。出生届の話をするために電話したんですが、突然その話を聞いて、『仕事ももう辞めてしまったのにどうしよう……』と不安になりました。
結局大丈夫だったんですが、やっぱり『働かないと』という気持ちが強まり、子どもが1歳になったら就職活動をはじめることにしました。働いていない間も何かしたくて、オンラインスクールでWebデザインを学んでいました。
でも、いざ就職しようと思ったらリーマンショックに。就職先も見当たりませんし、待機児童数が多いエリアで、預け先もなかなか見つかりませんでした。
ファミリーサポート(※2)を利用してパートで働きましたが、時給が800円なのにファミリーサポートの料金も1時間800円……。 移動や経費も考えるとマイナスになってしまいます。
何とか一時保育の預け先が見つかってから、派遣社員として働きました。でも、向いていない仕事を無理してやっていたので、叱られることも多く、『何のためにやっているのか……』と落ち込みました」
働くことそのものが難しいなか、子育てとの両立にもたくさんの苦労が伴いました。
須澤 「娘は託児所に『行きたくない』と、すごくぐずっていました。また、もちろん娘や私が体調を崩してしまうこともあります。
実家は遠くて頼れないなか、夫に頼ろうとしても『仕事だから仕方ない』と言われて、逃げ道がないような感覚でしたね。育児を投げ出すわけにいきませんし、仕事を休んで迷惑をかけるのもつらくて、どうすればいいのかわからなくなりました。
余裕をもって育児されている方と、仕事も育児もうまくいかない自分を比較してプレッシャーに感じたこともありますね」
※1:流産一歩手前の状態
※2:地域で子育てを相互援助する制度で、預け先は講習会や研修の受講をした地域のサポーター
「雇われる」以外の働き方との出会い――ママだからこそできる仕事がある
そんなつらい状態から脱却するきっかけとなったのが、2010年の『女性創業塾』との出会いです。
須澤 「それまで、働こうと思ったら『企業に勤める』という選択肢しかないと思っていたのですが、知り合いや父がフリーランスとして働きはじめたことをきっかけに、起業の道に興味を持ちはじめました。
そんなときに当時はまだめずらしかった女性創業塾のポスターを目にしたので、『これだ!』と思って夫にも休みをとってもらって受講することにしたんです。
創業塾は合計5回で、座学とグループワークが両方ありました。フリーランスとしてのアピールの仕方やSNSの活用法、資金計画、印象を良くするための方法など、色々なことを教えてもらいましたね。最終回では事業の提案をするプレゼンもやりました。
40名ほどの女性たちが参加していて、ご縁ができたことも大きいですね。仕事の内容や働き方は本当にさまざまなんだということも知りました。
一部で『ママができる仕事は少ない』という偏見もありますが、“ママだからこそ”できることがあると強く思ったんです」
場所も時間も自由なフリーランスの道との出会い。“雇われる”働き方しかしたことがなかった須澤にとっては、まさに“目から鱗”の働き方でした。
さまざまな働き方に触れて心が動かされた須澤は、最終プレゼンで「雇われる以外の働き方の選択肢があることを知ってほしい」「主婦の起業を支援したい」というメッセージを伝えたのです。
「そんなの事業になるかな」という男性からの酷評もありましたが、ひとりの女性が背中を押してくれました。
須澤 「起業塾の講師でもあった山口照美さん(※)が、『これは今後必要なビジネスになる』と言ってくれたんです。
このときのプレゼンは、今のママントレのコンセプトそのもの。ダメだと言われていたら、心が折れてやっていないかもしれないですね。今でもこの言葉は胸に刻まれていて、原動力になっています」
この創業塾で多くのことを学んだ須澤は、フリーランスとしても動きはじめることに。当初は派遣社員と掛け持ちし、報酬も本当に少額からのスタートでした。
須澤 「最初にやらせていただいたのは、ママ友さんの事業に関連するチラシ制作ですね。お友達価格で請け負いましたが、できあがったものを見せたらすごく喜んでくれて。そこから口コミで徐々に名刺・チラシなどの販促物制作のお仕事が増えていきました。
女性創業塾でIT関連の知識があるのがたまたま私だけだったこともあって、オンラインスクールで学んだことを活かしながらWebサイト制作のお手伝いなどもしましたね。それも徐々に仕事になっていきました。
会社員として働いていたころは“当たり前”だと思っていたITスキルが、想像以上に人に喜ばれるんだということに気づいたことも大きな発見でした」
※2018年現在・大阪市生野区長。フリーランスの経験もある。
オンラインでマッチングを試みるも失敗……会って背中を押すことの大切さ
須澤は、フリーランスとしてWebサイトや販促物の制作等の仕事を請け負いながら、2012年に起業ママの働き方を紹介するためのWebサイト『ママントレ』を公開。
仕事を通じてママたちとの出会いが増えていくにつれ、仕事に関する相談をされることも増えていきました。
須澤 「アロマやヨガ、ハンドメイドを仕事にしている方や、トイレトレーニングアドバイザーなど本当に多様な肩書きの方とのすてきな出会いがありました。
その一方で、たとえば『30万円払って資格をとったけれど、経営に無知で教室運営がうまくいかない』『起業はしたくないが、子育ての隙間時間に働きたい』『仕事はしたいけれどできることがない……』といった声を耳にするようになったんです。
高学歴の方やキャリアウーマンだった方もたくさんいるのに『もったいない!』と思いました。
一方で、企業のほうからも『雇うほどではないけれど、少しだけ手伝ってくれる人いないかな』という声が挙がっていたんです」
ママたちや企業の話を聞くなかで、「少しだけ働きたいママと、少しだけ手伝ってほしい企業とのマッチングをしたい」という想いが芽生えました。これが、主婦と企業のマッチングサービス「 エリアマイスター」のはじまりです。
須澤 「『美佳ちゃんはスキルがあっていいね』と言われることもありますが、皆さん何かしら活かせるスキルがあると思いますし、新たに勉強してもいい。
とにかく『私は何もできない』と思っているママたちに、“自分の価値”に気づいてほしい。そのために何かしたい、という想いがあります。
エリアマイスターのサービスを思いつき、試しにママフェスで相談会を開いてみたら、当時はまだあまり相談実績もなかったのに2日で50人もの方が相談しに来て登録してくれたんです。それを機に、本格的に事業化しようと決意しました」
エリアマイスターの事業内容を近畿経済産業局主催のビジネスプランコンテスト(LED関西)に応募したところ、見事ファイナリストとなり、サポーター賞も3社から受賞。このことで「世の中にこの事業が必要だと認められた」という自信にもつながりました。
その後、須澤はエリアマイスターのWebサイトを制作することにしたのです。
須澤 「クラウドソーシングサービスが出はじめたころだったので、その地域版というイメージで、オンラインで直接交渉できるようなサイトをつくりました。でも、これはうまくいきませんでしたね……。
当時、関西ではあまりクラウドソーシングの文化が根付いていなかったですし、最初はあまりお仕事も集まりませんでした。『主婦が片手間で何ができるの?』といった厳しい反応が返ってきたことも。
ママの方も自分自身の強みに気づいていないので、なかなかWeb上で自分のスキルをアピールできません。やっぱり、顔を合わせてリアルな場でお話しするのがベストだと気づきました。そこで、月に1回、無料相談会 を開くようになったんです。
そのほかにも、交流会やフリーランスとして活動している人向けの『フリーランス勉強会』、住まいの仕事をしている人向けの勉強会『住マイスター』なども定期的に開催しています。もちろんすべてお子様連れでの参加可能です 」
相談会で本人が気づいていないスキルを直接提案し、ママたちの背中を押すことの重要性に気づいた須澤。また、大手企業から依頼を受けたことをきっかけに、案件数もどんどん増加していきました。
2018年11月現在、エリアマイスターの会員数は約400人。売り上げも当初の5倍にまで成長しています。
※経済産業省主導の女性起業家応援プロジェクト
子どもたちに「楽しく自由に生きていける」未来を残したい
須澤は、ママたちが理想の働き方や仕事に出会ったときの輝かしい表情を見たとき、大きな喜びを感じています。
須澤 「たとえば、もともと商社の営業として働いていたAさんは、出産後はスーパーでのパートや育児サークルの運営、個人での英会話講師を少しだけしていました。
でも、TOEIC945点の英語力があるので、本当はもっとそれを活かした仕事を希望されていたんです。
エリアマイスターをきっかけに動画翻訳のお仕事に出会い、そこで自信を得てからはご自身で積極的に行動を開始。2018年現在は外国人向け不動産会社で働きながら、英語教室も開催しています。
Aさんに限らず、一度自由な働き方を知り、やりたい仕事ができると気づくと、ママたちはどんどん輝いていきます。そんな姿を子どもたちが見ることで、子どもたちの未来も明るくなりますよね。
私は、“出産後は自分のしたい生き方ができない”なんていう負の遺産を、子どもたち世代には残しておきたくないと思っています。出産後も明るく自由な未来が待っているんだと、子どもたちには思ってほしいですよね。
もちろん、ご相談に来た結果“働かない”道を選ぶ方もいますが、その選択もすてきだと思います。子育てに専念したいし、そうできる環境があるのに働くのは不幸ですよね。働くにせよ働かないにせよ、“自分自身で選択する”ことが大事だと思っています」
ママたちの生き生きとした姿を見せることで、子どもたちの未来もきっと明るくなるはず――。
須澤はそう信じています。
女性創業塾への参加から7年が経ち、かつて酷評した方と同じ商工会の方からセミナーを依頼されるまでに「ママントレ」の認知度・影響力は上がりました。
「ママだから」「女性だから」は関係ありません。個人個人のやりたい仕事、得意な仕事を好きな時間だけできる。
そんな世の中がもう実現されつつあるのです。