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これからの日本をつくる"働き方"のストーリー

「やらずに諦める」女性を支援する──34枚のカードが綴る『日々の世界のつくりかた』

花王株式会社
すべての働く人がイキイキくらすための「日々の世界のつくりかた」プロジェクト──花王の生活者研究センターのメンバーが取り組んだのは、女性たちが「働くこと」 と「家庭」を両立することの悩みや葛藤を深く知り、可視化することでした。産学連携で作り上げた34枚のカードに込められた願い、そして希望とは。

「やらずに諦める」女性たちの背中を押せないか?

▲花王 生活者研究センターのメンバー

洗剤、シャンプー、おむつなど日用品の製造・販売を手がける花王。そのなかにある「生活者研究センター」では、一般家庭を訪問してインタビューを行い、モノづくりやコミュニケーション開発に生かすための業務を行っています。

生活者の行動の裏にある価値観までたどり着きたいという思いから、私たちはときに人生についてまで、深堀りして伺うことも少なくありません。この業務を通じ、時代と共に触れる機会が増えてきたと感じるのが、女性たちの「働くこと」 と「家庭」を両立する悩みや葛藤です。

彼女たちは働き続けたい意欲はありながらも、家事・育児と両立できるか不安を感じ、時間の制約のある働き方で周囲の期待に応えられないことを恐れ、先を見通すあまりに「やらずに諦める」傾向が多く見られました。

どうにか女性たちを応援することはできないか……そこで、ふだんは「ハウスホールド」「ビューティーケア」や「海外生活者」など、それぞれの領域で活動する生活者研究センターのメンバーから、伊藤公江、吉田展子、山廣清美、多邊田美香、秋田千恵が集まり、今回のプロジェクトに挑みました。

山廣 「現代の女性たちはいわゆる腰掛就職では全くなく、自分は働き続けたいんだ!というスタンスがちゃんとある。だからこそ、迷うんだと思うんです。どれもこれも欲しくなってしまう迷いの中で、自分なりのバランスを探しているのでしょう」

プロジェクトメンバーが2015年からリサーチを行った結果、すでに子育てしながら働く女性たちの両立の秘訣を可視化できれば、「やらずに諦める」女性たちの支援になると考えました。そして、2016年には慶応義塾大学SFCの井庭崇准教授との出会いをきっかけに、女性たちを応援するためのツールとして「パターン・ランゲージ」を制作することになったのです。

924枚の付箋から生まれた、34のパターン

取り組みのきっかけは、井庭准教授がパターン・ランゲージを認知症の方たちに活かしたという2015年の発表会でした。

パターン・ランゲージとは、言うなれば実践者たちの暗黙知を収集し、状況・問題・解決がセットになった短い言葉にまとめ、共有するためのものです。ワークショップなどを通じて周りの人とおもいを共有できるツールだと感じ、直談判でお声がけしました。その後、2016年の春から、慶応義塾大学SFC井庭研究室と私たちの共同プロジェクトが始まりました。

パターン・ランゲージの作成にあたっては、子育てしながら働く女性15名に「両立の秘訣」を聞き取るためのインタビューを実施。人選は、私たちが普段の業務でお話を伺う3,000名ほどのモニターや、弊社のワーキングマザーなどから、フルタイム/パートタイムを問わずに職種や年齢を分けました。インタビュアーは井庭研究室の女子大学生4名が務め、花王チームは取材のサポートに徹しました。

伊藤 「学生の彼女たちが人生の先輩に聞く、という体制にしました。そうすると、話を聞かれるお母さんたちも一生懸命教えてくれるんです。日頃は接点がないので、女子学生もお母さんたちもお互いに知りたいこともあるようで、私たちはそのやり取りを見たい気持ちもありました。なにより、インタビューを任せたのは次世代を担う彼女たちの感性に響くパターン・ランゲージを作りたい意図もありました」

インタビューから導き出された「両立の秘訣」は付箋にして924枚に及びました。KJ法(得られた情報をカード化し、整序・分析する手法)などでのグルーピングを繰り返し、最終的に34のパターンに分類・集約していきました。パターンひとつずつに「そのとき→そこで→そうすると」と順を追って記述することで、状況を把握し、問題を解決しながら、その工夫を実行したあとの良い結果が期待できるような仕組みになっています。

タイトルにある「日々の世界」は、パターンの0番でも表されている、すべての始まりになるものです。このタイトルを冠したのは井庭准教授でしたが、プロジェクトメンバーも一目見たときから、しっくりとくる感覚を得ていました。

吉田 「子育てをしながら働いていると、一生懸命やっていても手が回らなくなっちゃったり、時間がない中で板挟みになって悩んでしまったり……小学校の息子がいる私も同じような経験がありました。でも、それはあくせく働いているだけではなくて、自分と、夫と、子どもと、それから友達や同僚と一緒になって、“日々の世界を作っている”と捉えなおすと、すごく前向きな気持ちで取り組んでいけるなぁって」

たった45分で「自分は何がしたいのか」を振り返られる機会を

2017年からは『日々の世界のつくりかた』冊子の無償配布を開始。社内外の希望者への配布だけでなく、花王生活者研究センターのサイト「くらしの研究」からPDFをダウンロードできるように整備しました。同年12月時点で2,000冊を配布し、ダウンロード数も2,200件を超えました。

手にとってくれた女性たちからは「自分の気持ちに寄り添ってもらえている」「部下に渡したら自分が理解されたようでうれしいと言われた」といった声が聞かれただけでなく、男性からも「働く女性の心理がとてもよく理解できた」と新たな視点の提供ができたようです。

また、『日々の世界のつくりかた』をカードにしたものを用いたワークショップも開催しています。

カードを見ながら、自分が出来ていること/出来ていないことを区分けしながら、さらに「やってみたい」と思えるカードを選び取り、くらしで変えたいことを見定めていきます。その理由を、同じテーブルについた人と共有しながら、それぞれが言葉やアドバイスを送り合う。時間があれば、これからの3年間を想定して、さらにディスカッションを深めていくこともあります。

多邊田 「普段は忙しくて、自分が3年後どうありたいなんて、考えていられない。だけど立ち止まって、わずかな時間でもみんなで話してみると、暮らしの中で何を大切にして、何をすればいいかが見えてくるんです」

働く女性のために作られた『日々の世界のつくりかた』は、男性の子育てにとっても気づきを与えることも少なくありません。

ある父親は「子どもを遊ばせる=遊園地などに連れて行く」という思考になっていたのを、ワークショップを通じて他の父親と話すうちに、「一緒にいるとすべてが楽しいと思えば、近所のスーパーや公園に行くだけでもいい。気楽にもっと子どもを喜ばせてあげることが自分にもできる」と考えが切り替わったといいます。

パターン・ランゲージを活用した「働くくらし」を考えるワークショップ参加者へのアンケートでは、参加して良かった(96%)、心が軽くなった(92%)、前向きな気持ちになった(96%)、自分の状況や気持ちが整理できた(92%)という結果も得られました。

年代も20代から50代まで幅広い参加が見られ、結果的には老若男女を問わず「すべての働く人のくらしに寄り添う支援」につなげられるツールと手法になったと自信を深められました。

私たちは、“これからの女性たち”を受け止めきれるだろうか?

当初の目的としての手応えを得られましたが、『日々の世界のつくりかた』プロジェクトは、花王の参加メンバーにも今後の働き方につながる機会を与えてもくれました。

働く女性のひとりとしてそれぞれの課題に向き合い、メンバー同士で自らの状況や考えを正直に語り合う中で、同じ企業/組織で働いていても多様な状況・価値観が存在することに気づけたのです。メンバー間の相互理解が進み、議論の深化やチームワークの醸成にもつながりました。

また、熱心に取り組む女子学生の姿や、彼女たちの考え方に触れるたびに、「社会人の先輩」としての自分たちのあり方にも影響を受けました。

秋田 「彼女たちがいかに働くことを真剣に考え続け、前向きにとらえているその姿勢に、イマドキの若い人の価値観ってなんて素晴らしいんだろうと、正直、感銘を受けました。彼女たちの価値観をわれわれは受け止め、これからの社会や企業で活躍できるようにできるのか……これからの世代のために私たちができることなど、俯瞰した目で自分のキャリアを見つめ直すこともできました。次は彼女たちがより前向きになれるパターン・ランゲージを目指せることが大事ですね」

ちなみに、女子学生に人気のカードは26番の「ひとつの実験」。その意図は、自分を実験台だと思い、まずは試してみることで、その結果で続けるかを判断することです。

そんな新しい世代の「実験」は、着実な行動となり、成果としても表れてきているようです。1986年の男女雇用機会均等法から30年が経ってなお、7割が結婚や出産を機に退職するといわれていたのが、ここ数年で急変を見せています。2015年の調査データ(※)では47%と、法整備や意識のチェンジによってさらに数字は変わっていく、まさに変革のときを迎えています。

今後も『日々の世界のつくりかた』プロジェクトではワークショップの開催を続けていきながら、日頃のインタビューを通じてさらなる生活者の声を集め、花王の事業としてもみなさんへお届けするようにつなげていきたいと考えています。

(※ 第15回出生動向基本調査、国立社会保障・人口問題研究所、2015)

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