フリーランスの音楽家を守りたい。演奏を通して社会を明るく、日本を元気にするために
仕込みばかりしていられない。音楽家を守る団体が必要だった
2020年2月からのコロナ禍で、音楽イベントは軒並み中止または無期限の延期を余儀なくされました。実施できたとしても、客席を半数に減らす必要があり、収益がほとんど上がりません。
2020年4月に出された最初の緊急事態宣言時、音楽を生業とするプロの演奏家たちは「今は仕込みの時期」だと捉え、オンラインでの演奏に移行したり、アフターコロナに向けての企画を考えたり、技術を磨くことに注力していました。音楽家自身も感染は怖いですし、守るべき家族がいます。何より、こんなにも長引くとは思っていなかったというのが、正直なところだったと思います。とはいえ、これから先まだ何年もコロナ禍が続く可能性がある中で、仕込みばかりしてはいられません。朝から仕込んで夜には使い切る状態でなければ、仕込んだ食材は腐ってしまいます。
ところが、音楽家の多くは仕込んだものたちを披露するすべを持たなかったのです。
音楽家は日本に11万5千人いますが、そのうちフリーランスは74%です。自由ではありますが、自分自身の手で生計を立て、自分の身は自分で守らなければなりません。もともと音楽家は、横の繋がりで仕事の依頼を受けることが多く、企業の営業マンのような自分自身を売り込むということはしない傾向があります。
仕込み、リハーサル、本番を繰り返し、キャリアを積む日々。
音楽業界にどっぷり浸かっていると、その中の常識で物事を捉え、考えるようになってしまいます。「音楽=ビジネス」という思考よりも、いかに経験を積み、自分自身が震える音を出せるか、共にステージに立つ仲間が気持ちよく演奏できるか、そして何より観客を喜ばせることに注力している人が大半です。
私自身は、学生の頃にピアニストとしてプロデビューして以来、15年にわたって音楽業界に身を置き、音楽スクールやライブハウスの経営も行なってきました。引退後の私は、後進の育成や音楽仲間のサポートをしてきたのですが、2020年2月に友人が出演したライブ会場でクラスターが発生し、ニュースにもなったのをきっかけに、大きな問題意識が芽生えたのです。
実際には、友人が出演した公演ではクラスターは出ておらず、出演していない公演でクラスターが発生していたのですが、そうした細かな情報は報道されませんでした。ネット上で心ない誹謗中傷が続いた結果、友人は現在も精神状態が思わしくなく、社会との関わりを拒絶しています。
プロダクションや音楽事務所に所属していたとしても、誰からも守られることはなく、不測の事態にも1人で立ち向かわなければいけません。私はこの出来事を通して、フリーで活動している音楽家を守る団体が必要だと感じるようになったのです。
「音楽を絶やしてはならない」という思いから、無我夢中で行動
私は出産を機に演奏家を引退後、いかに音楽家がビジネスを知らないかを目の当たりにしました。集客、プロモーション、自己理解、セルフプロデュース、マーケティング、デザイン思考等々。もし、これらを現役の頃に知っていたなら、活躍の場がもっと広がっていたかもしれません。業界にいたからこそ業界の深い課題を理解でき、引退したからこそ客観視し解決策を見出せるのではないかと考えるようになりました。
そんな矢先に起きた、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大による、音楽業界のかつてない危機。
2020年3月から4月にかけて、私は現役音楽家にアンケートを実施し、仕事の現状や収入面についてリアルな声を募りました。Facebook投稿やLINEのダイレクトメッセージを使って呼びかけ、約1週間で800名から回答が集まったのですが、そこに綴られた悲痛な叫びは予想以上に深刻なものでした。
一番驚いたのは、収入がゼロになっている人の存在です。補償が少ないから生活できない、音楽家をやめなければならない、アルバイトをしないと暮らせない、家賃が払えない、死にたいといった声もありました。
ビジネス的に考えないといけないとは思っているが、どこへ助けを求めれば良いか、どうしたら良いかわからないという声が非常に多かったですね。
コロナ禍で周囲の音楽仲間たちの悲鳴を耳にするにつれ、いま音楽家に必要なのは何よりも演奏機会の創出であることがわかりました。同時にメンタルケアやビジネススキルの向上という課題も、浮き彫りになったのです。
そして、音楽家を多方面から支援する団体を立ち上げる決意をし、2020年5月に一般社団法人日本音楽家支援協会を設立。協会の設立は全くの初めてで、何から始めたら良いのか手探り状態でした。とにかく、音楽を絶やしてはならない、コロナに負けないという一心で動画を撮り、初めての動画編集に戸惑いながら、時間はかかりましたがSNS等で公開。無我夢中でした。
奇跡のように人に恵まれ、続々と集まった協力者
日本音楽家支援協会の設立当初、私は一人でした。ウェブサイトやパンフレットなど協会の存在を知らせるツールの作成は、周囲の友人にプロボノで手伝ってもらいました。幸いにも、皆が音楽家を救いたいという気持ちを持っていたため、莫大な費用をかけずに立ち上げができました。
会員集めに関しては、SNSやウェブサイトを見た音楽家や、口コミで広がった人などから次々と登録申請があり、200人、300人があっという間に集まりました。それほどまでに困っている、藁をも掴む思いで登録してくれているのかと思うと、胸が熱くなりましたね。
一方で応援したいという人も現れ始めます。顧問として協会をサポートしていただいている兵庫県立大学名誉教授の小西 一彦先生は、舞台関係やファッション業界の重鎮、経営者などに会いに行き、協会の活動を広めてくださいました。
会員集めの次は、賛助企業を集めることに注力する段階です。知り合いの経営者に協会立ち上げの話をし、共感を得た結果、1カ月で54社が集まりました。賛助企業からは演奏機会や集客ツールなど、音楽家にさまざまなベネフィットを提供してくださいました。
一人で運営していくのは時間的に厳しくなってきたと感じ始めた頃、ありがたいことにウェブサイトを見てくださった方から、「活動に賛同し、自分も運営に加わりたい」との声が届くようになります。
演奏とキャリアコンサルタント、コンクールの審査員や音楽教室の主宰をされている山角 倫代さんと、芸能界で40年以上のキャリアを積んできた音楽プロデューサーの藤原 享さんでした。お二人は現在、理事として協会を支えてくださっています。
その他にも、アマチュアオーケストラに所属している弁護士や応用行動心理学の学者などからも連絡をいただき、アドバイザーとして協力くださることになりました。奇跡のように人に恵まれていることを実感しています。
音楽家にもビジネススキルやセカンドキャリアが必要
協会の活動を続ける中で、音楽家がセカンドキャリアまたはパラレルキャリアにも目を向け始めていることがわかってきました。音楽家会員の一人ひとりと向き合い、ヒアリングを行いながら、音楽の仕事以外のキャリアを検討している会員に声をかけています。
その中の一人が、ドラマーの鈴木 佑さん。「自分のためではなく業界全体のために抽象度の高い視点を具体的に取り入れることができた。個人では機会のなかった活動を協会に所属することで体験できた」と感想を述べてくれています。事務局の運営メンバーとして迎え入れたことで、新たな価値が生まれた嬉しい成果の一つです。
音楽家の課題を解決するには、音楽家自身が必要なビジネススキルを磨き、自らをプロデュースする必要があります。そのために、キャリアコンサルタントによる自己を磨くワークショップやカウンセラーによるメンタリング、補助金申請、青色申告のセミナー等を無料で行いました。しかし音楽家の多くはここに課題を感じておらず、2000名以上にセミナーの案内をするも集まるのは10名前後。
こうした状況を受け、この課題を解決した先にどんな未来が見えるかを周知する必要があると考え、代表理事が想いを伝えるオープンチャットの開設、音楽家同士で未来に向けてディスカッションするclubhouse(2021年終了)やスペースも行っています。
YouTubeチャンネル「音楽家の素敵なストーリー」では、演奏界の音楽家のストーリーや将来の展望をインタビュー形式で伝え、演奏動画を披露する動画を公開しています。収録の度に会員の人となりが知れて、大変有意義に感じています。今は資金不足のため素人の手作りで、毎週続けるのはなかなかハードなのですが、300名ほどいらっしゃる会員を全員紹介したいですね。音楽家のことを広く周知するきっかけになれば幸いです。
日本音楽家支援協会は、音楽家を支援することで、演奏の仕事が持続可能となり、結果、社会が明るくなると考えています。現在は東京、大阪、アメリカ東に支部を置いていますが、ゆくゆくは世界の主要都市に協会支部を作りたいですね。市場価値を下げないよう、演奏機会を増やすために今の時代にフィットする演奏の形や料金体系を取りながら、企業や各種団体、行政と音楽家をマッチングさせていきたいです。
また、チケットを購入し、会場に足を運んで音楽を楽しむだけでなく、街中でプロの生演奏が聴ける社会を実現させたいと願っています。さらには、音楽家に法務や財務、マナー等を習得する場を設け、音楽家の社会的地位向上を目指していきます。