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語らずして自分の内面と同僚を知る。IT企業が経験した仏教三大霊山の宿坊合宿

株式会社ガイアックス / 株式会社シェアウィング
毎年恒例の全社合宿では部署を超えたつながりが生まれ、にぎやかな懇親会が人気でした。しかし、コロナ禍で出社もままならず、新入社員にいたっては入社以来、一度も出社していない状況。チーフカルチャーオフィサーの木村 智浩が「合宿は諦めざるを得ないのか」と悩みながらも実現させた、仏教三大霊山での宿坊合宿とは。

リモートワーク率90%で高まった、社員の集まりたいニーズ

▲コロナ以前は社員と交流するための場所としてオフィスが活用されていました

2020年に新型コロナウイルス感染症が流行して以降、政府は企業に対してテレワークを推奨し、ガイアックスもリモートワーク率が90%になりました。

その後、リモートワークが定着したことで、都内から地方へ移住する社員も増えていましたが、その一方で、あるものが失われていきました。

いつもなら職場で普通に見られていた、部署をまたいだ社員同士の交流や雑談の風景、それらがリモートワークへの移行により無くなっていったのです。こうした機会が失われたことは、社内のコミュニケーションを育んでいく上では、大きな損失だと私は感じました。

特に新入社員に関しては、入社以来一度も出社することなく、入社式や研修もオンラインでの実施です。中途採用の内定者も同じような状況で、そんな働き方でどうやって他部署の人間とコミュニケーションを取っていけば良いのか……と、私はやりきれなさを感じていました。また一方で、既存社員の間でもオフラインで集まりたいというニーズが高まっていることも知っていました。

しかし、何度も発令される緊急事態宣言や、まん延防止等重点措置そのような状況で、オフラインでの懇親会や飲み会での交流をメインとする、これまでのような合宿がはたして可能なのかどうか、合宿の企画・運営を任されていた私は頭を悩ませていました。

そんな中、ガイアックスを卒業した社員から、お寺の宿泊施設である「宿坊」を使った合宿を紹介されたのです。その社員が立ち上げた、お寺ステイ( oterastay.comは、全国にある寺院の場所や空間、周辺の観光を資産として活かし、寺院を世界中のあらゆる世代の「働き学べる場」として提供しています。

宿坊でのプログラムは、早朝の読経に参加するお勤め、境内掃除、黙食、座禅、マインドフル・トレイルランなど、コロナ禍でも実現可能な”話さない交流”ができる魅力的な内容でもありました。

また、このコロナ禍でご年配の参拝者が減り、宿坊のキャンセルも相次いだことで地方は疲弊していて、「今は山ごと貸し切りにできるくらいだ」という話も聞いた私は、日本仏教三大霊山といわれる、山梨県 身延山にある宿坊へ下見に行くことにしたのです。

日本仏教三大霊山の豊かな自然と深遠な魅力

▲想像を超えていた山梨県の身延山

身延山がある身延町に到着したとき、「こんなところがあったのか!普通のお寺と全然違うじゃないか」と圧倒されました。お寺だけではなく、霊山と呼ばれる身延山全体に深遠な魅力があったのです。

「お寺ステイ」さんから聞いた話によると、「身延という町は、普通に過ごしている中で遠くから読経が聞こえたり、白装束で歩いている人がいたりしても、違和感を感じない。街中の観光寺を訪れるのとは違う、そこだけがある意味、異世界のような感じ」という場所で、まさにその通りでした。

後日、この合宿に参加した若い社員もアンケートに書いてくれていたように、「想像していたのとはまったく規模が違った」というものだったのです。

私は、宿坊から15分ほどの距離にある、日蓮宗の総本山である「身延山久遠寺」まで、早朝の霧の中を歩き、朝の読経のお勤めに参加しました。途中で有名な「菩提梯」といわれる287段の急な石段を登って行くコースです。

実は身延に到着した時点で、この地での合宿を即決していたのですが、そうやって自然豊かな霊山で自分と向き合う時間を過ごし、さらに仏門に入られ修行されているお坊さんたちの人間性や人となり、宿坊の魅力に触れたことで、あらためてここで、全社合宿を開催しようと心に決めました。

また地方に位置する身延であれば、十分に換気できる広いスペースもあり、さらにテレワークで外出が減り、家に閉じこもりがちになっている社員たちにとって、この自然の中でのリラックスはうってつけだとも思っていました。

そして、移動コストのことも考えた結果、例年の「1泊2日の合宿」から「2泊3日のワーケーション」という、“地方開催で仕事も交流もできる合宿”に方針を転換したのです。

開催が決まってからは、社員の体調管理と感染症対策に取り組み、検温、消毒、手洗い、マスクの着用はもちろんのこと、感染症対策のレクチャーも実施しました。参加者には事前のPCR検査を必須とし、陰性でも気を緩ませることがないように、運営側の熱意をあわせて伝え、当日を迎えました。

「話さない交流」という、新しい合宿のカタチ

▲自分たちへのギフトになった「黙食」

合宿では、食事以外のプログラムはすべて自由参加の選択制にしました。テレワークをするのも観光を楽しむのも、それぞれが自分の意志で主体的に過ごせるようにしました。

従来の「話す交流」とは違う、「話さない交流」が実現できたプログラム。一日の流れは、朝5時に起床、朝もやの中を久遠寺まで15分歩き、読経に参加する「お勤め」から始まります。そして、早朝の「境内掃除」、身延山を住職と一緒に走る「マインドフル・トレイルラン」などがありました。その中でも、参加者からの満足度が高かったのが、竹ぼうきでの「境内掃除」です。

参加者からは、「掃除とはこんなに気持ちの良いものなのか」「自分の心の中を掃除しているみたいだ」などの声があがりました。私は身延という町自体に、そういった自浄作用があり、下見の時点でも「たくさんのプログラムを用意しなくても、ここにいることに意味がある」と感じていたので、この感想には納得でした。

また宿坊では本来、食事は「黙食」であり、食器や箸の音を立てることも禁止です。住職から修行に則した指導や法話をしていただき、精進料理を“集中して一口ずつ大切に味わう”という黙食は、デジタル端末からの通知音が常にある私たちには貴重な時間で、社員にも好評でした。

宿坊という場所での黙食は、感染症対策の義務ではなく、むしろ自分たちへの“非日常体験というギフト”になったと感じています。

参加者から人気のあったプログラムは「死の体験旅行」でした。もとは欧米の終末医療施設で働く人たちに向けた、末期患者に寄り添うためのワークショップだったとのことです。資格を持った住職によって、ロウソクを焚いた厳かな雰囲気の中、1回10人の定員で行われました。

そこでは、まず自分にとって大切なものを20個書き出します。そして、住職に導かれながら取捨選択していき、大切なものを最後に1つだけ残すという、一人で黙々と内省し、失うことを疑似体験していくプログラムでした。

最後に、自分が1つ残したものと、今感じていることを一人ずつ発表します。参加者は、2時間のうち最後の10分しか話しません。涙を流しながら話す人もいる、自分を丸裸にするようなプログラムでしたが、9割の人が「死の体験旅行」に参加しました。

そして、この“人生に対する問い”を突き詰める作業を一緒に経験したことによって、仲間意識が芽生え、その人が持つ根底の価値観のようなものを、垣間見れたような気がしました。

私個人の感想としては、仕事の付き合いだけでは見えてこない、家族に対する想いから、社員が感謝の気持ちを大切にしている愛情豊かな人間だということがわかる貴重な体験になりましたし、また自分自身を見つめ直す良い機会にもなったと思っています。

私たちと、身延山の宿坊に訪れた転機

▲若い社員にも好評だった早朝の境内掃除

ITベンチャー企業である私たちにとって縁遠い宿坊合宿は、正直なところ開催するまで不安でした。しかし、意外にも若い社員からも好評だったことから、今まで年一回の開催だった合宿が、創業22年で初となる2部署の年内追加開催が決定したのです。

場所自体にも価値を感じてもらっているようで、より長期でテレワーク場所として滞在したいという希望も出ています。

この合宿は、減りつつあった部署を超えた交流や、新たな協業の機会創出もありました。ずっと出社できずにいた内定者のフォローや、7つの協業の取り組みが生まれるという成果も出ています。

そして嬉しいことに、身延山の宿坊や住職をはじめとした、お寺の関係者にも転機が訪れました。私たちに企業合宿を提供してくださったことをきっかけに、「宿坊での企業研修、合宿、ワーケーション」をベンチャー企業や外資系企業向けに打ち出していくことになったのです。

この宿坊合宿の経験は、物質的な豊かさに価値を置く社会から、質的向上と主観的な幸福度、人とのつながりの豊かさを求める社会へと変わる、価値観のターニングポイントになったのではないかと感じています。

リモートワークが中心となった、ITベンチャー企業の私たちですが、リアルに話す交流が少なくとも、同僚の心を知ろうとすることで仲間としてつながる。今あるものへ感謝する気持ちを大切にする。これからもそんな企業でありたいと思っています。