at Will Work

WORKSTORYAWARD2021

これからの日本をつくる100の“働く”をみつけよう「Work Story Award 2021」の受賞ストーリー、
一次審査通過ストーリーを公開しています。
087

ぶどう山椒発祥地を未来へつなぐ、最年少農家が挑む新しい農業のカタチ

きとら農園 新田 清信
  • 審査員特別賞
「実は就農するまで、地元が山椒生産量日本一の産地だと知らなかったんです」そう話すのは、和歌山県有田川町でぶどう山椒農家を営む新田 清信。東京からUターン就農した新田でしたが、農業の厳しい現実に直面します。農業+Xの働き方だけにとどまらず、6次産業化にもチャレンジした最年少農家の道のりを振り返ります。

ぶどう山椒だけでは食べていけない現実に直面

▲山椒は手摘みで丁寧に収穫

私は和歌山県有田川町で生まれ育ちました。高校進学を機に地元を離れ、社会人になってからは東京で過ごしていました。いつか地元に戻り、就職しようと考えていたところ、山椒農家をしている親戚から、山椒需要が高まっている一方で生産者が激減していると聞きます。

山椒がブームになっているのに生産者が減っているのだから儲かる、仕事になると思い、私はぶどう山椒農業を始める決意をしました。

山椒は苗木から収穫ができるようになるまで5年ほどかかります。そのため、本格的に就農する前に園地を購入し、苗木を植えるなどの準備を進めていました。

そして2011年、結婚を機にUターン。苗木を植えてからちょうど5年経った年でした。いよいよ収益が出ると思っていた矢先、山椒の市場価格が大暴落。山椒農家が増えたことに加え山椒の豊作年だったこともあり、供給過多で値段が下がってしまったのです。

ぶどう山椒農家は山椒を作れば作るほど儲かると思っていたのに、収入にならない。結婚し、家族ができたのに、これからどうしていけばいいのかと不安になりました。

家族を養うために何かをしなければ、という想いが募るばかりで、何をしたらいいのかわからない状態。周りを見渡せば山椒専業農家は撤退し、年金を受けながら働く高齢の農家ばかりでした。

山椒農家だけでは食べていけないだけでなく、日本一のぶどう山椒産地が消滅の危機を迎えている現実に直面したのです。

ぶどう山椒農家「+X」の働き方

▲標高600mの山の中にある新田さんのきとら農園

山椒農家は5月から6月にかけて実山椒の収穫、7月から8月にかけて乾燥山椒の収穫と、繁忙期があります。しかし、それ以外は閑散期になるため、年金受給者でない私は収入がなくなります。そこで、この時期に本業以外の仕事でも収入を得ることができないかと考えました。

自然と関わる農家の特性を活かし、10〜12月に需要が高まる庭師の仕事を始め、本業以外にあらゆる仕事に携わる「+X」の一歩を踏み出しました。庭師の仕事は農家のように不作だからといって収入がなくなることはありません。ある程度収入が安定したため、ひとまず安心です。

さらに、ぶどう山椒畑に自生していたクワの葉を焙煎した「桑の葉茶」を販売することにしました。「桑のお茶は体にいいから、昔はよく飲んでいた」と、地元の方がおっしゃっていたのがヒントになり、独学で加工方法を研究。ノンカフェイン「桑の葉茶」を商品化することに成功したのです。

桑の葉茶を積極的に展示会に出展し、その際にECサイト担当者と親しくなりネット販売にもチャレンジ。私はネット関係が不得意なので、アパレル業界の広報として活躍してきた奥さんの力を借りてECサイト出店を開始しました。

また、県内の道の駅などとも商談を行い、実店舗での販路も開拓することができたのです。

こだわりぬいたぶどう山椒をブランド化

▲希少価値の高い花山椒を商品化

本業であるぶどう山椒自体にも付加価値をつけるべく、パッケージデザイン、加工工程にこだわった商品を作りました。業者をはさまない、農家直販の山椒です。

うなぎの蒲焼などに使う「粉山椒」は、電動粉末機を使わず石臼でじっくり粉末に。石臼を使うことで熱が発生せず、品質を落とさずにお客さんにお届けできます。

また、4月下旬の短期間しか収穫できない希少部位「花山椒」の販売も始めました。収穫した翌日の出荷が一般的ですが、うちでは収穫してすぐ発送しています。これは農家にしかできない作業で、他とは違う高品質の山椒をお届けできる方法です。

すべての工程を自分で把握し、収穫してすぐの鮮度のいい状態でお客さんにお届けすることに、とにかくこだわりました。すると一般家庭のみならず、高級料亭やフレンチレストランなど、想定していなかった層から注文を受けることに。

私自身、山椒の用途については、うなぎにかけるくらいしか知らなかったのですが、フレンチだとチョコレートやヨーグルトにかけたりと、スイーツに使われるそうです。驚くと同時に、山椒がこのように使ってもらえることを嬉しく思いました。

普段から山椒を扱う鰻屋さんは、うちの山椒を見たときに「新鮮な山椒とは、こんな色をしていたんだ、こんな味なんだ」と驚かれたと聞きました。鮮度にこだわって販売しているので、評価していただけて光栄でしたね。

こうしてぶどう山椒をブランド化し、自社で開発・製品化。ネット販売など直販ルートができたことで、仕入れをしない自社完結型の6次産業化に成功しました。生産した山椒の9割を自社で出荷できるようになり、山椒の収益が大幅にアップ。「+X」の庭師、桑の葉茶の製造と合わせると、就農時に比べて2倍以上の収入です。

これまでにない「ぶどう山椒農家」のスタイルを確立できたのではないかと思っています。

無限の可能性を秘めた「山椒」を知ってもらいたい

▲一粒一粒石臼で丁寧にひいた粉山椒

有田川町のぶどう山椒農家は高齢化が進んでいます。80代の方が多く、後継者不足が懸念されています。有田川町ぶどう山椒の産地を継続するには、若年就農者が必要です。

そのために、山椒の認知度をもっとあげたいのです。山椒の認知を広めていくと、需要が増えますよね。そうすると山椒の価格も上がり、農業として成り立ちます。

いくら地元のため、ぶどう山椒という農業を守るため、といっても、仕事として収入がないのであれば、誰もやろうと思わない。

だから「山椒農家でごはんが食べられる」と感じてもらえれば、就農しようと考える方も増えてくれるはずだと思っています。

山椒の認知度を広めることで、結果的に若い就農者が増えることにつながるのではないかと考え、県が実施する移住希望者現地体験事業やインターシップ、龍谷大学の学生によるフィールドワークなどの受け入れを行うことにしました。

この活動が地元のテレビ番組、ラジオ放送、新聞などのメディアに紹介されることも増え、少しずつですが就農の魅力を伝えられているのではないか、と思っています。実際に就農者も生まれ、ぶどう山椒の産地を未来につなげることもできました。

山椒は、日本人なら多くの方が知っている食材ではないでしょうか。でも、山椒の栽培や加工過程などは、知られていないことが多いですよね。

私は実際に山椒を栽培、加工する中で、非常におもしろい食材だと感じています。日本料理だけでなく、さまざまな料理に使われるようになっている山椒は、まだまだ伸び代がある。最近は海外からも注目されるようになり、ジャパニーズペッパーと呼ばれ、高い評価を得ています。山椒は大きな可能性を秘めている、そう感じています。

また、山椒は他の作物に比べ、加工面で取り扱いやすいのが特徴です。大掛かりな設備や機材は必要ない。粉山椒などの加工品はナマモノではないので、販売期間も長く、気軽に取り組みやすいんです。

山椒はマイナー作物だからこそ、農家である私たちがやっていけることがあると感じています。興味を持っていただけた方は、ぜひ就農し、新しいライフスタイルに挑戦していただきたいと思います。