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常識にとらわれない、ホームインスペクターという建築士の新たな働き方

株式会社さくら事務所
株式会社さくら事務所は、人と不動産のよりよい関係をつくることを目指し、“個人向けホームインスペクション事業”をスタートした会社です。これまで、建築物や住宅などを設計する資格だと思われてきた建築士にとって、この事業は新たな職域開拓の場となりました。代表取締役社長の大西 倫加と経営企画室の田村 啓がこれまでの取り組みを振り返ります。

消費者が安心して取引を行うために不動産業界が解決すべき課題

▲人と不動産の関係をより幸せなものにしたいと語る、田村(左)と大西(右)

不動産業界は独特の慣習や専門用語も多く、正しい知識を得ることが難しい業界です。そのため、従来から不動産取引業者と住宅購入者の間で、情報量の差による不公平な取引が行われやすい傾向にありました。しかし、その状況を解決するための法律やルールはなく、消費者が安心して取引を行うためのサポートが必要でした。

また別の課題として、建築士の業務は“新築の設計や工事監理である”という法律で定められた考えが業界内に定着しており、新たな仕事を開拓するような活動が行われていないことも挙げられました。時代とともに新築の着工戸数が減少していく中、従来の考え方では個人事業の建築士事務所は業務をコンスタントに受注できず、将来的に事業継続が困難になることが予想されていました。

大西 「私たちの理念は、“人と不動産のより幸せな関係を追求し、豊かで美しい社会を次世代に手渡すこと”です。創業者で不動産コンサルタントの長嶋 修は、『業界内での仕事を通して、さまざまな課題を目にしてきた。次世代のためにも、この業界を良くしたい』といつも口にしており、理念にはその想いもこめられています。

そして、その理念に賛同した仲間が集まっているため、社内では、不動産・建築業界内における働き方を含めたさまざまな課題に目を向ける姿勢・風土がすでにあります。

そんな環境のもと、私たちが取引慣行を変えるべく、働き手である建築士の職域開拓や消費者ニーズという課題への対応として考えたのはホームインスペクションでした」

ホームインスペクションとは、住宅に精通したホームインスペクター(住宅診断士)が、専門家の見地から第三者的な立場で、住宅の劣化状況、欠陥の有無、改修すべき箇所とその時期、おおよその費用などを診断し、アドバイスを行う専門業務のこと。

欧米諸国の不動産取引では一般的で、国によっては取引数の70%以上行われているにもかかわらず、日本では当社が実施する以前は、ホームインスペクションという考え方自体がなかったと、大西はいいます。

最終的に、当社は2002年に“個人向けホームインスペクション事業”をスタートしましたが、さまざまな問題に直面します。

ホームインスペクションの存在意義を伝える大切さ

▲ホームインスペクション(住宅診断)をしている様子

日本では、個人向けのホームインスペクション事業は目新しく、住宅の購入や建築とは別に費用を払う必要があるため顧客獲得に苦戦を強いられました。

大西 「事業をスタートした当初は、売買を妨げられないかと心配する不動産会社も多く、不動産業界内からの反発もありました。しかし、私たちのホームインスペクション事業は、建築士としての働き方が広がるだけでなく、不動産取引業者と消費者の間で起こるトラブルの防止・改善にもつながる付加価値の高い仕事だと確信していました。だから、そのことを働き手となる全国の建築士をはじめ、消費者や業界にも知ってもらう必要性があったんです。そこで情報発信やパブリックリレーションズを最重要戦略と位置づけ、さまざまな活動に無我夢中で取り組んできました」

大西たちが取り組んだ活動は、大きく分けて3つあります。

1つ目は広報活動です。自社のホームページをはじめ、各種メディアを通して事業や業界知識についての情報発信。さらに、日本の不動産取引におけるホームインスペクションの重要性について、関係省庁に伝え続けました。

2つ目は仕組みづくりです。業務受注からホームインスペクションの実施、アフターフォローにいたるまで、高い品質の業務を滞りなく効率的に実施するため、研修制度の構築や情報共有の方法などの仕組みづくりを行い、ISO9001(貫一した製品・サービスの提供と顧客満足度向上を実現するための国際規格の品質マネジメントシステム)を取得しました。その道のりには苦労もあったと田村はいいます。

田村 「ISO9001は製造業での申請が主なため、”建築士=人”が商品であるホームインスペクションは申請や承認の実績がなく、業務内容を理解してもらうのに苦労しました」

最後の3つ目は、建築士へのアプローチです。東京建築士会主催の「これからの建築士賞」に応募しました。すると、これまでの活動や成果が評価されて建築士賞を受賞。そのことが会報誌に掲載されたことで、多くの建築士にホームインスペクションの存在をアピールすることにつながりました。

多くの方にホームインスペクションを知ってもらうため、さまざまな活動に積極的に取り組んできた大西たち。そんな中で活躍が評価され、2013年に長嶋からの事業継承により大西は代表取締役に就任します。

大西 「創業者の長嶋が書いたブログからテレビ出演につながり、仕事の依頼が増えるようになりました。それをきっかけに『私たちの取り組みをもっと多くの人に知ってもらう必要がある!』と考えた長嶋が、私の前職の会社にPRコンサルを依頼し、外注のPRコンサルタントとして関わったのが始まりです。2013年には社長交代のお話をいただき、女性・業界未経験・ノーライセンス、さらに若手で雇われ社長という業界では珍しい経営者となりました。あっという間に駆け抜けてきた日々でしたね」

事業スタートから19年。建築士の新しい活躍の場が広がる

▲女性のホームインスペクターも活躍しています

各種メディアや関係省庁に発信し続けることで、ホームインスペクションの必要性が日本でも認識され始めました。

消費者(主に住宅の買主)にも、ホームインスペクション実施の重要性が浸透し、特に戸建てのホームインスペクションは年々増加傾向にあり、当社では約55,000組の方が利用しています。

大西 「建築士賞の受賞や消費者からのニーズが高まったことで、全国の建築士事務所から『ホームインスペクション事業を行いたい』という要望があり、加盟店を含め建築士であるホームインスペクターが約100名所属するまでにさくら事務所は成長しました。

建築士は採用段階ではホームインスペクション未経験者も多いのですが、研修制度と本部でのフォロー体制の効果もあり、利用者Googleレビューの満足度は5点満点中・平均4.8(218件)という評価を頂いています」

そして、2018年の宅建業法改正にともない、中古住宅の売買契約の際にホームインスペクション(既存住宅状況調査)実施有無の説明が義務化されました。

大西 「不動産取引の透明化に欠かせない仕組みと位置付けられ、取引慣行や業界が大きく変わる瞬間であり、社員みんなで喜びました」

ホームインスペクションが法律で明文化されたことにより、さくら事務所以外の事業者も増え、2019年時点で32,500人を超える建築士がホームインスペクターとして全国で活躍しています。

大西 「一級建築士の仕事は、2017年の賃金構造基本統計調査において、平均年収額が471.1万円と発表されていますが、当社でホームインスペクション業務に専念し活躍している建築士には、年収800万〜1,000万円ほどの人材がたくさんいます。

さらに、2020年の建築士法改正により、建築士資格登録に必要な経験は、これまで主に設計や工事監理に限定されていたものが、“既存住宅状況調査”という中古住宅のホームインスペクションも対象となりました。ホームインスペクションという仕事を通して、日本の建築士の新しい活躍の場を創出し、定着させることに成功したと考えています」

人と不動産のより幸せな関係の追求とさらなる挑戦

▲共に新たなチャレンジに取り組む社員たち

スタートした2002年当初は、誰も挑戦したことのない未開拓の領域だったホームインスペクション事業。手探りの状態で課題解決に取り組み、2020年には法律上も“建築士の仕事”としてホームインスペクションは認められるようになりました。

建築士にとってホームインスペクション事業は、設計や工事監理の仕事がないから行うのではなく、法律で認められたプロフェッショナルの仕事、社会貢献ができる仕事というイメージに変わっています。そして、若い世代の建築士や、女性の建築士までもが活躍できる場となりました。

大西 「ホームインスペクション事業が社会に影響を与える事業として成長し、業界に定着したのは、“人と不動産のより幸せな関係を追求し、豊かで美しい社会を次世代に手渡すこと”という理念のもと、私たちが変化する、そして社会も変化させるという強い思いを持ってチャレンジし続けた結果であると思います。

また、ホームインスペクションは、セカンドオピニオンのように、住宅に対する不安や疑問を診断し、解消するための情報を消費者に届けられる仕事です。ホームインスペクションをすることで、消費者が家を購入するときやリフォームするときなど新築・中古物件問わず必要な対策や不具合に気づけることがあります。つまり、ホームインスペクションは、情報量の差で不公平な取引になることを防ぎ、消費者が不動産と”幸せな関係を築く”ことに結びついてもいるのです」

大西は、既にホームインスペクション事業を通じた次なる挑戦を見据えています。

大西 「今、マンション管理組合のコンサルティングや防災分野といった職域開拓にもチャレンジしています。事業や職能、働き方の選択肢がさらに増えれば、設計や現場の仕事が体力的に厳しくなっても、または未経験分野でも、建築士が活躍できる場が広がることにつながると思っています。そして、建築士の職域が広がることは、消費者がサービスを受けられる範囲が広がることでもありますから、このチャレンジが人と不動産の幸せな関係構築の発展にもつながると信じています」

今後、AI化やロボット化がますます進展していく中で、仕事のあり方はどの業界でも変化すると予想されます。そのときに、「必要とされる、誰かや社会に喜ばれる仕事はなにか?」を考え、その仕事を開拓できるチームであることは重要です。

ホームインスペクション事業のときと同じく「変化する」ことを柔軟に捉え、持続可能なチームを目指して、さくら事務所は今後も社内外の課題と向き合い、改善に向けた挑戦を続けていきます。