at Will Work

WORKSTORYAWARD

これからの日本をつくる"働き方"のストーリー
046

「助産師のための助産師」がつくる、誰もが気軽に助産師とつながる世界

With Midwife
助産師が、出産に携わる"だけ"の仕事ではないことを知っていますか?助産師の可能性と価値を信じ、彼女たちが自分らしさを失わずに輝ける環境をつくるため立ち上がったのがWith Midwifeです。その代表を務める岸畑聖月が、「助産師がすべての人生に寄り添える社会」を実現するため奮闘している姿をご紹介します。

寄り添いたいのに寄り添えない。直面した助産師の現実

▲社会課題解決のために事業化を決意した、With Midwife代表の岸畑聖月

一般的に知られている助産師の仕事は、名前の通り出産を助けることをはじめ、妊娠中や産後のケアでしょう。けれど実は、新生児のケアから性教育、更年期の支援など人生に幅広く関わる仕事なのです。

助産師を目指す方は、これらをすべて網羅して学習し、助産師国家資格を取得しています。それなのに、助産師の7割が資格を生かして働いていないという現状……。

もともと調べものが好きな岸畑は、いろいろ調べるうちにこの事実を知り衝撃を受けましたが、その一方ですぐには信じられませんでした。

岸畑 「まさか、と思って就職したら本当だったんですよね。実際に働いてみると過酷な労働環境や上下関係、患者さんの急変によるトラウマなど、辞める理由はたくさんありました。看護師は部署異動がありますが、助産師はずっと産婦人科ですからね。逃げ場もありません」

加えて妊娠・出産をきっかけに、育児しながら夜勤はできないからと辞めてしまう人もたくさんいます。クリニックなら融通が利くこともありますが、 ほとんどの場合、夜勤などの不規則な勤務と育児を両立はすることはかなり難しいです。

学生時代、助産師の仕事は「寄り添う」ことだと想像していたのに、実際はそんなことは言っていられない忙しい日々。心が摩耗され「病院を辞めたい」と思う助産師が後を絶ちません。

そして、助産師の雇用先はほとんど病院であるため、病院を辞める=助産師を辞めることに直結してしまうという事実もあります。

14歳で病気になり、将来的に子どもは望めないと宣告されたこととネグレクトを目の当たりにした経験から、「小さな命を守りたい」「医療ではなく、寄り添うことで命を救いたい」と助産師を目指した岸畑にとって、今の助産師の現実は耐え難いものでした。

岸畑は「どうにかしたい」という強い想いで、一歩踏み出すことにしたのです。

始まりは、自分の想いや悩みを相談できるコミュニティ

▲東京で開催したオフ会イベントの様子。助産師のネットワークは日本全国へ広がっている

社会に眠っている助産師という資源をどうにかしたい、辞めたいと思う助産師を救う手立てをつくりたいと考えた岸畑は、2018年春、まず「助産師のコミュニティー(交流の場)」をつくり始めました。

その理由は、助産師の大きな課題のひとつが「横のつながりがない」こと。助産師を毎年新卒採用するという病院は少なく、看護師のように同じ病院に同年代の仲間がいる環境があまりありません。それゆえに、誰にも相談できない、自分の経験や想いを共有できない、自分の病院以外の働き方を知らないという殻に閉じこもったような環境が生まれてしまうのです。まずはその状態を打破したいと岸畑は考えました。

最初はひとりから「助産師のための助産師」と名乗り活動をスタート。SNSで交流したりオフ会のようにリアルに会える場をつくったりしていきました。

またInstagramを活用し、自分は何者か、社会にとって助産師がどのような価値があると考えているか、どんなビジョンを抱いているかを言語化して発信。その後、オンライン上でさまざまな助産師とコミュニケーションを取ったり、自作の名刺を助産師に限らず配り歩いたり、助産師が集まるセミナーなどに積極的に参加したのです。

その活動の中で出会った同じような考えを持つ助産師と、共同でオフ会を開催してみたところ、10名前後の助産師が集まってくれました。彼女たちは経験年数や働く場所、背景などの壁を超え、意外なほどに会話が弾んだのです。

「自分がやっていることは間違っていない」と確信した岸畑は、その後もイベントを繰り返していきました。すると、みるみるうちにメンバーが増えていきました。

その一方で、コミュニティをつくる上で避けられない課題も。

岸畑 「コミュニティには内と外があるんですよね。外の人の中には、コミュニティにまったく興味のない人もいれば、興味があるけれど参加を尻込みしてしまう人もいます。実際、ある助産師に『私はそんなに熱い想いはないから “行けない ”』と言われました。コミュニティを生み出すことで、一種の目に見えない線引きも生み出してしまっていたのです」

それに気づいてからは、いかに参加への心理的ハードルを下げるかに注力した岸畑。すると、参加メンバーがいっそう多種多様になり、コミュニティ自体の深みが増したことで、さまざまなディスカッションが交わされるようになったのです。そしてそこには、かつて「行きづらい」と感じていた人が他者に想いを語る姿が見られました。

潜在的な生の痛みを、助産師の会社をつくることで救いたい

▲ママと企画した助産師さんへのありがとうを伝えるイべント「Thanks Shower」の様子

始動から約1年が経ち、想像以上のスピードで大きくなったコミュニティ。コミュニティは助産師にとって、病院と自宅の次のサードスペース的な存在になり、最初は会うたびに泣いていた助産師が、初心を思い出し「本当はこういうことがやりたい」「子どもたちのためにこれをするべき」と目を輝かせながら話す姿が見られるようになりました。

次のステップは、彼女たちの「やりたい」をかなえること。そう考えた岸畑は、2019年4月、法人化を決意。団体名は「With Midwife」と名づけ、同年11月に「株式会社With Midwife」を立ち上げました。その名の通り、助産師に寄り添うことを目的としています。

活動内容は大きく分けて3つ。1つ目はFacebookグループを通した知識の普及とオンラインコミュニケーション、2つ目がオフ会のようなイベントやセミナーの開催、3つ目が今までなかった仕事を助産師の仲間とつくり出すこと。商品開発や“顧問助産師“として社員向け健康・子育てサポートを行っています。

こうして一企業の代表として邁進する中、“それでも助産師を辞める選択肢はない”と岸畑は言い切ります。

岸畑 「助産師の仕事がすごく好きなんです。今は週一で夜勤をしているのですが、それが生きがいであり癒しになっています。だって本当に小さな命が持つエネルギーは大きいんです。会社の仕事はマネジメントの部分が大きいけど、病院に行くとママやパパ、赤ちゃんに会える。自分が直接救いたい人たちと触れ合えると、助産師ってやっぱりいいなって毎回思います」

そんな岸畑のWith Midwifeが掲げるミッションは「生まれることのできなかったたったひとつの命でさえ取り残されない未来の実現」。

その背景には自分自身が背負った「病気のせいで子どもが産めない」という痛み。このような痛みは社会の表面にはほとんど出てこないけれど、抱えている人はたくさんいます。

目の前にいる赤ちゃんの命を守ることはもちろん大事だけれど、病気や不妊、死産や流産により潜在化した命にも助産師として寄り添いたい。忘れなくていい苦しみやつらさがあってもいいのではないかという想いを込めました。

「かなり重たいですよね」と岸畑はポツリとこぼして笑います。けれど、そこには岸畑だからこそ差し出せる温かい手があるのです。

誰もが気軽に助産師とつながれる世界をつくる

▲顧問助産師として、必要時には社員さんの自宅まで伺い、子育ての不安を解消する

創業したばかりのWith Midwifeが始めた新しいサービスに「顧問助産師」というものがあります。会社専属の助産師が、社員個々の健康や子育て相談に乗ることはもちろん、人事部と一緒に会社の取り組みを考えたり、専門性を生かした商品開発などを担ったりするものです。

女性は結婚したら妊娠・出産するもの。妊娠したら元気な赤ちゃんが生まれるもの。そんな大前提を目の前に突きつけられながら働く妻たち、そしてそんな妻を支える夫の相談窓口になれたらという想いで立ち上げました。

岸畑 「病院に勤めていると、もっと早く関わってあげたかったと思うような患者さんがたくさんいるんです。けれど、彼女たちの目線で考えるとその相談先がないんですよね。だったらつくろうと」

とはいっても、With Midwifeが相談窓口をつくったところで、まず「見つけてもらう」というハードルがあるのであまり意味がないでしょう。それよりも、女性や子育てしている人が当たり前になる場所につくった方がいいと考えました。

そこで考えた場所が“職場“だったのです。

2019年現在5社で運用していますが、妊娠・出産のことに限らず、生理や婦人科疾患などさまざまな相談を受けます。そして、意外と多いのが男性からの不妊相談。男性こそ、そういうことを相談する窓口がないことに気づかされました。

岸畑 「病院よりハードルが低いようで、カウンセラー感覚で相談に来てくれますね。奥さんに人工授精について言われたけれどどうすればいいのかわからないなど。不妊の原因は男女 1対 1なのに男性は知識が薄いことが多いですし、5組に 1組は不妊と言われている時代、ニーズがあることは間違いないと思います」

With Midwifeは、すべての人生に助産師が寄り添える社会を実現したいと考えています。顧問助産師は、まさにそのひとつ。企業にとってはプラスアルファの出費になるとは思いますが、長期的な目で見れば社員の長期雇用につながると思うので、決して無駄ではありません。

今後は、顧問助産師を行政と手を組んで推進していきたいと考えています。その先で、職場だけでなく、買い物先や学校、インターネット上など、どこでも助産師とすぐにつながれるスポットを増やしていくことが私たちのミッションです。

誰もが高校の保健室を訪ねるような気軽さで助産師とつながれる世界に。

それはきっと、今よりもっと優しい世界です。

同じテーマのストーリー