逆転の発想で保育園にオフィス併設――保育園運営会社が挑む新たな雇用創出とは
保育士とママを笑顔にしたい
ママとなった女性が秘めている能力は、本当に驚くほど高い。もともと高いコミュニケーション能力や特定分野のプロフェッショナルなスキルをもっている人も多いうえに、出産や育児を通じて、段取り力や注意深さ、忍耐力なども身についています。
彼女たちにぜひとも働いてほしいし、その力を存分に発揮してもらえる会社をつくりたい。ところが、ママが働くために必要な保育施設が圧倒的に不足していたのです。
「それならば、まずは保育園をつくろう」と代表取締役の上野公嗣が2012年に手探りで事業を開始したのがSSMotherホールディングスの前身です。待機児童問題は今ほど注目されてはいなかったものの、深刻な保育士不足はすでに顕在化していました。
しかし、上野はある事実に着目します。
上野 「保育士の資格をもつ人は、全国に何百万人といる。しかし、保育士として実際に勤務する人は4割程度。資格をもつ人の半数以上が、保育士として働いていないことを知りました。そんな潜在保育士が働きたいと思う保育園をつくれたら人が集まるのではないか……」
評判の良い保育園に片っぱしから見学を申し込み、園長先生やベテラン保育士に話を聞きまわるうちに、上野はその確信を深めます。
保育士が笑顔で働ける保育園をつくろう……。
ちょうど大阪市が募集していた保育ママ制度に沿って、0~2歳児を5名だけ受け入れる小規模保育園の開園を目指すことに。ハローワークで保育士2名を募集したところ、想定以上の応募がありました。
「一度に数十人を見る園ではなく、もっと一人ひとりにじっくり向き合える保育園で働きたい」と希望する保育士が想像以上に存在するということです。
0~2歳児に限定した小規模保育園であれば、働きたい保育士がたくさんいる。
そう確信した上野は、1年で8つ、同様の小規模保育園を開園。引き続きハローワークの求人募集だけで、保育士が充足。むしろ、自社だけでは働きたいと希望する保育士の声に応えきれないほどに。
そこで当時では非常に珍しかった小規模保育園の求人に特化した人材紹介業「BABY JOB」を立ち上げます。成功報酬を相場の3分の1に抑えたことで、順調に軌道に乗りだしていきました。
子どもを預けて働くママの罪悪感やストレスをなくしたい
創業4年目には23の保育園を展開するなど、事業は順調に拡大。ところが、保育園で働くスタッフから、こんな声が聞こえてきました。
朝、保育園に子どもを預けて仕事に向かうとき、「いつも一緒にいてあげられなくてごめんね」「もっと近くにいてあげられたらいいのに」と、罪悪感やストレスに苛まれながら会社に向かうママがたくさんいるというのです。
子どもを預けたあと、電車で数十分以上かかる勤め先に向かうために、駅に小走りで向かうママたちの背中を見ながら、もっと何かできることはないだろうか……。
足元に目を向けてみると、自社スタッフのなかにも、子どもを自宅近くの保育園に預けられず育休の復帰時期が決まらないスタッフや、自宅から遠い園に子どもを預けてから通勤しているスタッフも何名かいました。
そこで、職場に近い自社保育園に子どもを預けられる制度をスタート。時間的、体力的に大きなロスとなっていた送迎と通勤時間が激減するだけでなく、「子どもが近くにいる安心感がある」と好評でした。
しかし、勤め先が都心にある場合、満員電車などで子どもと一緒に通勤するストレスがどうしても付きまといます。
上野 「そんな話を聞いて、いっそのこと、自宅近くの保育園にオフィスを併設できれば、負担がもっと減るのではないだろうかと思いましたね」
そんな逆転の発想が生まれます。
保育料は無料。 保育園と仕事のセット募集に優秀な人材が続々エントリー
早速、自社の保育園と本社が入るビルの空きフロアにコールセンターを新設してみることに。月額3万5千円の保育料は思い切って無料にしました。さらに、おむつやシーツなどの持ち物はすべて不要とし、手ぶら通園OKの体制を整えました。
保育園と仕事をセットで提供することで、5名の求人に対してハローワークだけで応募が殺到しました。
ほとんどが結婚や出産を機に退職したママたち。
上野 「履歴書を見た私たちの率直な感想は『こんな優秀な人たちが子どもを預けられないことを理由に、仕事に就けず埋もれているなんて、もったいない!』でしたね」
上場企業でバリバリに働いていた人。経理事務やウェブデザインなど特定分野のキャリアをもつ人。コールセンター経験がある人もいれば、元・保育士からの応募もありました。
採用できたスタッフのスキルが多岐にわたることから、コールセンター業務だけではなく、希望に応じて営業サポート業務などの研修も実施。担当してもらえる仕事の幅を広げていきました。
こうして、職種を広げつつ、本社以外にも静岡県浜松市や東京都豊島区にも開設。「はたらく園」という名前で展開していきました。
スタッフは9:00~16:00のあいだで、週2~4日子どもを預けながら勤務。子どもの体調不良などによる遅刻や欠勤も日常茶飯事のため、組織運営は、いつ誰が休んでも円滑に滞りなく進むように設計しなければいけません。
上野 「お互いの業務進捗をすべて共有・可視化することはもちろん、私生活でもたとえば子どもが病気で休みがちであることや、妊娠中で体調不良になりやすいなどの情報は自然と密に共有するようになりましたね。
休むスタッフがいても、自然と“お互いさま”の助け合いの精神が生まれています。
また、今ではコールセンター業務だけでなく、人材紹介事業のイベント業務や営業事務、煩雑な保育園の運営事務やウェブサイト更新、経理事務など、幅広い仕事を任せています。
期限のあるプロジェクトで煩雑になりがちな仕事の割り振りも、すべて現場スタッフに任せるほうが、うまくいくことが分かりましたね」
子育て支援事業部の山村亜希は、自身も0歳・5歳の子どもを育てるママ社員です。
山村 「はたらく園のスタッフは、みんなお昼も一緒に食べるし、すごく仲がいいんですよ。スタッフの欠勤が重なってしまったときも、誰かが踏ん張って支えてくれる。みんな本当に頼もしいです」
はたらく園では1年で2人がパート社員から正社員に転換。キャリアアップをしたい人、無理のないペースで働きたい人、スタッフごとに働き方に対する希望を聞いて、その意向をできるだけ尊重するようにしています。
ママ、子ども、保育士、みんなが笑顔でいるために
保育料無料の「はたらく園」を展開することで、あらためて自社スタッフのなかにも会社が前面に打ち出す「働くママを応援する!」というメッセージが浸透していきました。
上野 「社員の9割を超える女性スタッフに『出産後も安心して働ける』という概念がしっかり醸成され、社内では出産や育児による離職が年々低下傾向にあります。
復帰しやすい雰囲気のため、積極的に出産しようとする人が増えていて、産休育休が増え、安心して新しい命を迎えられる社員が増えることは会社としてとても喜ばしいことです。
たとえいっとき業務が大変になったとしてもみんなの力で支えていこうというパワーを感じます。
また、はたらく園のスタッフが、全国36の保育園で発生する煩雑な運営事務を代行することによって、現場の保育士たちはより子どもと向き合う時間を捻出できるようになりました。
保育士がゆとりをもち、笑顔で子どもと接する時間が長いほど、子どもたちの笑顔が増えるんですよね。子どもの笑顔を見ると、ママも笑顔になる。そんな笑顔の循環も広がっています」
2019年はさらに、12カ所の園にオフィスを併設予定。
はたらく園を自社で新設するだけでなく、他社の保育施設にオフィスを併設するコンサルティング事業も展開します。外部企業の業務受託や、クラウドソーシング、クライアントのサテライトオフィスとしての利用など、さまざまなパターンを考えています。
多様な業務を提供すると同時に、子どもを安心して預けてもらうために、保育・教育環境は常によいものを提供しなければいけません。年齢にあった教育カリキュラムを実施することはもちろん、自然体験活動を基軸にした保育の「森のようちえん えくぼ保育園」を立ち上げるなど、新しい保育環境への取り組みにも注力しています。
上野 「日本では、子どもの預け先がないと仕事探しすらままならないのに、仕事がないと認可保育園にはまず入れない、という大きな矛盾があります。
育休後に少しずつ社会復帰したくても、認可園に入るためにはフルタイム勤務で早々に復帰せざるを得ないんです。
さらに苦しい保活を乗り切って仕事に復帰しても、たくさんの壁が立ちふさがり、退職をしてしまう人もいるかもしれない。それが、本当にもったいないんですよね」
そんな子育て中に発生する多くの壁や矛盾、理不尽さを解決するために、私たちはこれからもママの笑顔をつくるための環境を創造し、提供し続けます。