日本初の"ダブル正社員"を実現──働き方さえ自らつくれた、私のキャリア観
仕事づくりと教育が、故郷を残すためには必要だった
蓑口恵美は2018年現在、クラウドソーシングのプラットフォーム事業を手がける「ランサーズ株式会社」の正社員であるとともに、ソーシャルメディアやシェアリングエコノミーに注力する「株式会社ガイアックス」の正社員でもあります。
それぞれで雇用保険に入り、正社員規定を両者から適用されている、言わば“ダブル正社員”です。
仕事の内容で共通するのは、地方へのまなざしです。蓑口のライフミッションは“幸せに働ける地域をつくる”。人口6万人の富山県南砺市出身の蓑口は、故郷の現状と日本の村々を一続きにとらえています。
蓑口「故郷を存続させるためには仕事づくりが重要です。地理経済学で見ても、仕事がない地域は人が流れ、仕事がある地域に人は集まります。南砺市も少子高齢化で毎年500人ずつ減っています。
日本には約1700市区町村がありますが、少人数の地域に3億円の補助金を出すのは、本当に正しいお金の使い方なのか。3億円あれば富山県の高校生が全員留学できるかもしれない。
ただ、それでも故郷を保たせたいという想いがあるなら、新しい産業を生み出して人を引きつけることで、10年後の地域をつくっていきたいんです」
さらに、大学3年生のときにアメリカへ留学した経験から、生涯教育の重要性も認識したことが想いに大きく働いています。
リーマンショック後に仕事を失った人々が、社会に求められないことから自己肯定感を失い、持っている力を発揮できなくなる様を目の当たりにしました。
「東京を元気にする人はたくさんいるけれど、ふるさとが地域にある私は、地域を元気にしたい」と、蓑口は各地域の人々の才能を活かす教育や仕事づくりに注力するようになったのです。
蓑口は大学卒業後、広報代理店を経て、ランサーズに入社。クラウドソーシングによる地方創生事業に携わります。
大都市圏の仕事を地方人材が請け負う形で成果を出してはいたものの、地域の公共交通機関などの社会インフラが維持できなくなっていく現状に、様々な規制が壁となっていることを目にします。
その解決のためにも「今後は行政や中央政府との関係もつくる必要がある」と考えていた中で、ガイアックスが「シェアリングエコノミー協会」を発足。
シェアリングエコノミーを利用する人たちの声を集め、中央政府に届けようとしていることを知ります。蓑口もシェアリングエコノミー協会に入り、プロジェクトに参画するようになりました。
正社員でなければならない理由があった
両者での活動を続ける中で、蓑口は“正社員でなければいけない理由”に直面します。
まずは、業務委託者では自治体の仕事に入札ができません。公共事業を請け負う自治体の仕事に入札する場合は、必ず正社員が記名し、責任者を明示します。事業の中抜きを防ぐ意味合いもあるため避けられず、責任者として蓑口自身が入札することも多々あります。
また、蓑口が所属するのは、ともに株式上場を目指すベンチャー企業だけに、正社員でなければコンプライアンスの観点から経営に関する資料など、明かせない情報が増えます。
社員としてのメールアドレスも持てず、クラウドサーバーなどの基幹システムにもアクセスできません。
蓑口「自らの手で社会を動かしていくのがベンチャー企業の醍醐味ですが、業務委託ではそれがほぼ成しとげられないと感じました。正社員のほうがメリットが大きかったんです」
ランサーズとガイアックス(シェアリングエコノミー協会)では仕事の性質も異なりますが、業務委託の範囲にとどまらず、両方の取り組みに主体性を持って深くコミットしたいと、蓑口は考えるようになります。
そのために、ひとり1社の想定で設計されている“正社員”という制度と折り合いを付け、実務面での課題をクリアし、2社での正社員を目指すことを決めました。
蓑口「まずはダブル正社員について応援してもらえる関係性づくりから。会社へのコミットが減ってしまうのではないか、という疑問に応え、理解を得るためには説得が大切です。同僚から始まり、マネージャーなどの社員、役員、そして人事労務と話していきました」
説得するために、蓑口は強調するポイントを変えました。
同僚には「ダブル正社員になることで今まで出会えない人とつながり、チームにもつなげていきたい」と語り、マネージャー以上には「日本の初事例なので取り組むことに意義があり、先進的な企業としてのポジションを表せる。今後、同様の事例が出た際にもフィードバックできる」とメリットを伝えました。
ただ、制度上では前例がないため、「そもそも可能なのか」について、蓑口は答えを持ち合わせてはいませんでした。
友人である社労士の力を借りながら草案をまとめ、それをもとに人事労務担当者に相談。実際のルールへと落とし込んでいきました。
詳細を詰める段階では、2社で直接のやりとりをすることも成功し、無事に蓑口はダブル正社員となったのです。
OKRの導入で自走できる組織へ
働き方が変わるなかにあっても、目的であった両者での取り組みを中途半端にしてはいけない。
しかし、単純に両者の仕事をこなそうとすれば、仕事量も倍になってしまう。蓑口は自身の生産性向上を図るべく、以前より導入を進めていた「OKR」メソッドについての理解を深めることにしました。
OKRにより年ごと、四半期ごと、月ごとに目標を可視化して仕事に当たることで、チームの目的と役割が明確になり、これまで1週間で作っていた資料が2日で終わるほど、仕事の効率が格段に向上したといいます。
蓑口「自分の労働対価を時間で売らず、成果で売るように考え方を変えました。
たとえば、ガイアックスで年間を通して期待されていることは、シェアリングエコノミーのアンバサダーやチームのマネジメントです。そのために今月や来月するべきことが、すぐに出せる状態にもなっています。
目標に対してのコミットメントでもあるため、適切な人に仕事を任せ、実質的に会議も減ることで、実稼働しなければならない時間を圧縮できたんです」
OKRの導入には、2年前に起きた、蓑口のある事件も関わっています。
ランサーズの活動が認められ、全国各地の自治体から電話が鳴りやまない日々を送るなかで、地方出張の回数も激増。「北海道から帰り、羽田で乗り換えて、広島へ行く」ような生活で、体が悲鳴を上げ、休養を余儀なくされました。
蓑口「心は常に前向きでしたが、体が付いていかなかったんですね。自分ひとりでやれることの限界も知りました。
地域での働き方改革を進めるためには、協力体制とフルリモートの環境を整え、自走できる仕組みをつくらない限りは、私が常にミーティングに参加しなくてはなりません。
OKRを導入すれば、全員が目標に対して走り出せるので、心強い仕組みだなと思ったんです。FacebookやGoogleといった企業でOKRを実践している3名に、突撃のランチアポイントメントを取り付け、チーム内にOKRを導入できるかを聞きまわりましたね」
後に、ランサーズでは全社でOKRを導入。社内全体の風土も変わりました。蓑口は「働き方を許容してくれている仲間や同僚のためにも、ちゃんと貢献しようとモチベーションが高まります。自分が恵まれていると思える機会も増えました」と言います。
自分のキャリアは、自分でつくろう!
ステークホルダーが同じセグメントではないため、両社での経験や人脈を、それぞれに還流できるのは大きなメリットになっています。「持って来られる人脈が倍になり、人を紹介する機会も増えました」と蓑口。
遠い接点を結びつける、あるいは自社だけでは解決できない課題を他社の視点や技術で解決へ導くという意味では、蓑口のなかで常にオープンイノベーションが行なわれるような状態ともいえます。
蓑口「ランサーズの場合は、自治体や地域で活動するフリーランスといった方と関わるので、地域の働き方の現状をミクロの視点で見ています。
一方で、シェアリングエコノミー協会は国と相対するので、地域の働き方についてもマクロの観点が要ります。その際にも、ミクロの視点で得た各地域の知見を活用できるんですね」
また、先進的な働き方を実現できていることから、両社にとって“柔軟な働き方ができる企業”というイメージを世の中に発信。人材の獲得にも貢献できていると感じています。
そして、ダブル正社員を成しとげた経験から、蓑口は「自分の未来や働き方は、自分でデザインできる」という教訓を得ています。現在は働き方を主体的に選択する社会であり、その先には働き方さえ自らでクリエイションする社会が実現できると考えています。
蓑口「リモートワークや副業の許可で、より進めやすくなっていると感じます。
2018年現在、日本の多くの企業では『会社が変わらない』『環境を整えてくれない』といった空気感から、キャリアチェンジを考えることもあるのでしょう。
しかし、空気感に任せるだけではなく、自分が働きやすい環境を考え、勇気を出して上司などに相談することも必要なのだと思います」
ダブル正社員という前例なき働き方を成しとげた蓑口は、こう言います。
蓑口「多様な働き方は自分で考え、仲間とつくるもの。働き方は、生き方です。自分の人生をあきらめず、自分のキャリアは自分でつくるという価値観があたりまえになってほしいと思います」
蓑口のライフミッションからはじまった試みと行動は、また誰かのライフミッションをかなえる後押しとなっていくはずです。