介護業界を救う。「介護シェアリング」が解決する人材不足問題
美容業界トップシェアの求人メディアノウハウが介護業界には通用しないワケ
就職活動のときから漠然と「社会課題をビジネスで解決したい」と考えていた花木。介護業界が抱える人材不足問題に関しても、学生時代から常に頭の片隅にありました。
花木 「入社 1年目の秋に、 M&Aによりじげんグループへ加入することに。このとき、新代表の鈴木一平が全社員と個別に面談すると聞いて、ものすごいチャンスが来た、と思ったんです」
介護業界の人手不足を解消するビジネスがやりたい。美容業界でトップシェアを築いた求人メディア事業のノウハウがあれば、「2025年には約38万人の労働者が不足する」(出典:厚生労働省『2025年に向けた介護人材にかかる需給推計(確定値)について』2015年)とされる介護業界の人手不足問題の一助になるのではないか。花木は面談で鈴木に直訴しました。
花木 「面談後すぐに事業計画書を作成しました。熱意だけで今見れば内容はスカスカでしたが。それでも鈴木代表が GOサインを出してくれて、エンジニアを ひとりつけてもらえることになりました」
1カ月後にはテストサイト「リジョブ介護」が完成。花木と同期で新入社員ながら営業トップとなったメンバーも加わり、正式にチームが発足します。ところが、介護事業所からの求人登録も、介護業界で働きたい登録者も一向に増えません。
なぜか。あらためて美容業界と介護業界で働く人たちの特性に目を向けてみると、そこには大きな違いがありました。
花木 「美容業界を目指す人は『カリスマ美容師になりたい』『独立して自分の店を出したい』など、野心的で積極的な人が多い。一方の介護業界では『自宅から通いやすい』『人材紹介会社やハローワークで紹介されて、たまたま受かったから』など、どこか消極的な声が多かったんです」
もちろん介護業界で働く人のなかにも、やりがいや充足感を持つ人もたくさんいます。それにもかかわらず、「介護業界は低賃金、長時間労働」などのイメージが先行し、就職先・転職先として、そもそも見向きもしない人が多いのです。
実際に「夜勤・残業・休日出勤あり」など昨今では敬遠されがちな条件の求人も多く、「有資格者の経験者のみ採用」と自ら門戸を狭くしてしまっているケースも。また、事前に介護・運営方針を周知しないことが、入社後の早期離職につながるなど、ミスマッチからの退職が多いことも問題でした。
花木 「介護事業者、求職者、双方にとって、もっと良い仕組みはないのか。もっと積極的に介護業界で働きたい人を増やす根本的な仕組みはないのか」
伸び悩む数字に、花木は日々頭を悩ませました。
介護施設にワークシェアリングを導入し、多様な人材の雇用につなげたい
「介護事業って、ひとりですべての仕事を担わないといけないの?」
ある日、ふと鈴木が口にした言葉がきっかけでひとつの事業のアイデアが生まれました。これまでひとりで行っていた仕事を細分化し、ワークシェアリングができる仕組みを構築できれば、介護現場の負担を減らし、人手不足を根本的に解決できるかもしれない――。
80年代のオランダのように、ワークシェアリングの推進により高失業率の時代を乗り切った事例もあります。この構想を実現するために、介護事業に精通し、想いをともにする仲間が欲しい。そう思ったとき、タイミングよく現れたのが大学で福祉を学び、介護業界ひと筋にあらゆる仕事に携わってきた中井でした。
中井が入社し、早速介護現場の実態を詳しくリサーチしていくと、「時間帯による繁忙が異なるものの、日中はどの時間帯も同じ人数のスタッフが配置されている」「スタッフにより得意不得意があり、業務にかかる時間やモチベーションが大きく異なる」「清掃やレクリエーションなど、有資格者ではなくとも担える業務がある」といった実情が浮かび上がってきました。
さらにリサーチを重ね、介護現場の仕事を「送迎」「入浴介助」「調理補助」「清掃」「レクリエーション」など9つに分類。これまでの「早番・遅番・夜勤」といった勤務時間(シフト)による働き方だけではなく、「短時間で特定の業務だけに特化」するスタッフであれば未経験者も含め多様な人材を雇用しやすくなるはず。
この構想を「介護シェアリング」と定義し、花木と中井をはじめとする介護シェアリングチームはセミナーや地道な営業活動を実施。そうするうちに「試しに負担の大きい入浴介助のスタッフを短時間勤務で募集しよう」など、求人掲載をしてくれる事業者が出てきました。
反響は、想像以上に良好でした。これまで採用難に苦しんでいた介護事業所に、介護シェアリングスタッフの採用が次々と決定。
介護事業者からは「これまでの求人の倍近いエントリーがあった」「残業が減り、トータルで人件費の削減につながっている」「現場に精神的ゆとりが生まれ、介護サービスの質の向上につながった」などの嬉しい声が次々に届いています。
「両親の介護をきっかけに介護資格を取得したものの、未経験でいきなりフルタイムで働くことに不安があった」「フルタイムでは体力的に厳しいが週3日なら働ける」など、応募と採用、両方で一気にハードルが下がり、新たな雇用創出につながっています。
介護職はプロフェッショナルワーカー。給与と地位を向上させたい
花木 「介護シェアリングの導入によって、もうひとつ目指しているのが業界全体の給与を底上げすることです」
介護士一人当たりにかかる平均採用コスト約70万円は、リジョブなら、2分の1から3分の1に抑えられます。さらに、従来の介護施設では、一人のスタッフが複雑多岐にわたる業務をすべて覚え独り立ちするまでに、必要な期間は約3カ月でした。一方で介護シェアリングでは、個々の業務が極めてシンプルなため、約1週間で業務を担うことも可能です。
さらに、リジョブを通じた採用が、定着率の向上にもつながると可視化されれば、これまでの採用・引き継ぎコストが大幅に減額され、現場スタッフに還元してもらうことができます。
花木 「介護シェアリングにより、既存の介護職員がより専門的で難度の高い業務に集中して従事できるようになれば、給与水準を上げていくことは十分可能だと考えています。
給与が上がり、介護職がプロフェッショナル・ワークとして認知が進めば、今以上に有能で魅力的な人材が介護業界に集まるようになる。今、そんな未来を思い描いています」
花木が介護業界に問題意識を感じた原体験は、晩年、介護施設に入居していた祖母の経験でした。身体の自由がきかなくなり、おむつを着用するようになっても、祖母はトイレでの排泄を強く希望していました。
しかし、コールに介護士がすぐに対応できないケースもあるなどして、祖母は膀胱炎を発症。このときの経験が花木の胸にずっと引っかかっていたのです。
花木 「実は僕、大人用おむつを履いて排尿してみたことがあるんです。一度の排尿でも想像以上に重さを感じました。でも、そのままスクワットしてみても、まったく漏れない。素晴らしい性能でした。
一方で、漏れないからと『おむつさえ履かせておけば安心』と思ってしまう良し悪しも感じました。やっぱり少し匂いも感じましたし、祖母のように抵抗を感じる人も多い。その気持ちを忘れてはいけないですよね」
介護シェアリングによって、雇用が広がれば、かつての祖母のような人の助けになるかもしれない。時々ふと、そんなことを考えるといいます。
介護現場にはロボットに代替できない仕事がある
ありがたいことに、介護シェアリングの取り組みは日経産業新聞などの各メディアだけでなく、経済産業省の意見交換会に招かれるなど、多方面から注目を集めています。
花木 「実は、僕たちも予期していなかったのですが、介護シェアリングによって、 60~ 70代の方々の雇用が次々と生まれているんです。『リタイア後の第 2の生きがい』と、皆さんすごく元気で生き生きと働いている。フルタイム勤務でなく、短時間勤務だからできることですよね」
介護サービスの受け手である利用者からも「年齢が近いから共通の話題で盛り上がれる、話しやすい」など、好意的に受け止められています。
花木 「介護シェアリングの概念が広がっていくと、現在のような『介護する人・される人』といった一方通行の関係性が変わるかもしれません。
最近、介護施設の入居者が店番を勤める駄菓子屋や、認知症のスタッフがサービスを行なう『注文をまちがえる料理店』の取り組み事例など、高齢者施設と地域の連携を深めるような取り組みが広がっているのも、素晴らしいですよね。
そんな人と人との触れ合いによって元気になる高齢者を見ていると、介護の現場には、どれだけロボットが普及しても、絶対に『人』にしかできないことがあると感じます」
介護サービスを受ける人が笑顔であり、働く人はプロフェッショナルとして尊敬される。介護の仕事に魅力を感じ、多くの人が就職先として目指す世界を実現したい。
花木 「理想の世界を富士山の頂に例えるなら、まだ 1合目にも達していません。自分ひとりではここまですら到達することすら不可能でした。たくさんの仲間、上司の力があって、ようやくここまでこれました。引き続き登頂目指して頑張ります」
介護事業部では、今年から高齢者と子ども・世代間を超えた地域コミュニティ創りを促進する、田植え・稲刈りイベントをスタート。
介護シェアリングチームの挑戦は、まだはじまったばかりです。