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これからの日本をつくる"働き方"のストーリー
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一緒に働くみんなを健康にしたかった----ひとりの男がつなげた、健康経営の大きな輪

株式会社ディー・エヌ・エー
  • 元気がすべての基本で賞
株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)には、2016年1月から健康経営に取り組んでいる「CHO(Chief Health Officer)室」が存在します。室長代理を務める平井孝幸は「一緒に働くみんなを健康にしたい」という思いからこの組織を設立しました。CHO室設立の経緯と成果、そして大きく拡がっていく「健康経営の輪」についてお伝えします。

「このままではDeNAの将来が危ない!」社員の健康改善のために動き出した男

▲CHO室 平井孝幸

まずはCHO室設立のきっかけから時系列で説明していきましょう。

DeNAの人事部で主に研修の仕事に携わっていた平井孝幸は、2015年6月のある日、『日経ビジネス』の特集に目を留めます。緑色の表紙に大きく書かれたその特集のタイトルは、“時代は「健康経営」”。

平井 「2011年からDeNAにいて、若いのに歩き方や姿勢が悪い人が多いな、とずっと気になっていました。優秀な人が不健康状態であると周りへの影響も大きく、どうにかしたいと感じていた矢先に健康経営の特集を見て、社員が健康になることが会社のためにもなると改めて感じ、手始めに近くの女性社員に自作の姿勢矯正チューブを渡したのがはじまりでしたね」

もともと健康への関心が非常に高かった平井。ライフスタイルの本を半年で300冊読破し、生活を改善した結果、3ヶ月で体重を15kg落とした経験もあります。その知識を活かし、まずは自分の身の回りから社員の健康改善をはじめ、その取り組みが社員にいい影響を与えているとわかると、全社員の健康改善に乗り出しました。

平井が2015年8月に社内でヒアリングをしたところ、座っている時間の長いエンジニアの多くが腰痛持ち。さらに12月に実施した全社アンケートでは、約7割の社員が腰痛・肩こりで生産性が低下していることが判明しました。

そのほかにも社内喫煙所から来る受動喫煙や、社内弁当は揚げ物中心に品ぞろえされている。これらの課題を元に、平井は経営層に「健康経営」の必要性を訴えます。

平井 「当時は“健康は自己管理である”という風潮が強く、上司や役員に何度も跳ね返されながらも、経済産業省や産業医をはじめ、働き方改革や健康経営の専門家からアドバイスをもらって企画書を作りこみました。始める以上、社内外に本気さを伝えたく会長の南場にトップを務めてもらえないかとCHO就任を打診したものの何度か断られ、朝、南場の自宅から会社まで一緒に歩いて説得を試みたこともあります(笑)」

みんなをもっと健康にすることで、より良い会社にしていきたい——そんな平井の粘りや熱量に圧され、健康経営プロジェクトは取締役会で可決。南場をトップとするCHO室が誕生したのです。

従業員=お客さま。一人ひとりの目線に立って考えた、社内啓発活動

▲トイレの個室や廊下に、啓発ポスターを掲示した

こうしてスタートしたCHO室がまずはじめたのは、健康を学ぶ機会を圧倒的に増やすこと。

身体の歪み調整研修、メンタルマネジメント、午前中のパフォーマンス最大化食事セミナー、睡眠スキルセミナーなど、2016年1月からの1年間で90以上の健康イベントを実施。もともと平井が関心を持っていた健康系の本の著者や講師に直接打診をするうちに、取り組みに興味を示してくれる専門家やメーカーはどんどん増えていきました。

ただし、単に数をこなすだけでは意味がありません。平井は、人が多く集まった研修や反響が大きかったセミナーを分析し、徐々にコツをつかんでいきます。

平井 「興味を持ちそうな人たちを集めてセミナー前にランチをしたり、ミーティングで食事の課題を聞いたり……。社内セミナーだからと気軽にやるのではなく、営業と同じように事前にターゲットを定めて関係値を構築することが非常に大切でした」

セミナーを続ける中で平井がもうひとつ気付いたのは、結局研修やセミナーに来るのは、もともと健康意識が高い人だけだということ。では、健康意識が低く、研修を開いてもなかなか来てくれない人たちの健康をどのように変えたのでしょうか。

平井 「ライフスタイルに、健康への気づきを溶け込ませることと、『健康』という言葉を使わずにメリットを伝えること。このふたつのアプローチを取りました。とにかく、押し付けがましくならないよう注意しましたね」

セミナーに参加しなくても、会社にいるだけでいつの間にか健康になる。その役割の一部を担ったのが、座るときの姿勢などを可愛らしいイラストで表現した啓発ポスターでした。これはプロジェクト開始当初、平井に説得されて協力するようになったクリエイターが描いたものです。

さらには嫌味なく健康的なアクションを促すLINEスタンプも作成。
また、カフェメニューやお弁当の中身を、徐々に健康的なものに変えていきました。

メッセージの伝え方にも気を遣いました。『健康』という言葉に良い印象を持っていない社員もいたからです。

そこで、たとえば「健康のために、痩せるために、歩こう」と伝えるのではなく、「歩くことで気分のコントロールができる」「前頭葉を活性化させるのでコミュニケーションが円滑になる」といった研修を行うことで、パフォーマンス向上につながることを訴求しました。

向上心の高い社員たちは、平井の狙い通り、意識しないうちにライフスタイルに少しずつ変化が起きはじめました。

平井 「このような取り組みは、正しいことをすれば皆賛同してついてくる、と『やってあげている』感満載の主体者側の目線で考えがち。 そうではなく、どうすれば従業員をお客さまにできるのかといった視点を持ち、魅力的に感じてもらえるよう意識することの大切さを知りました」

従業員(お客さま)目線で考えること。それは、DeNAが提供しているサービスでは当たり前の思考でした。

半数以上の社員の健康意識が向上。協力者も次々に現れた

▲社内には、ウェルネスエリアも設置された

健康意識の高い社員には、ターゲットを明確にしてブラッシュアップしたセミナーを。健康意識の低い社員には、「健康」を極力意識させないアプローチを。このような工夫を取り入れつつCHO室が地道に続けてきた活動は、着実に成果を出しています。

アンケートの結果、2017年1月から7月にかけて52%もの社員の健康意識が高まったことが判明。取り組みのきっかけにもなった姿勢の悪さがもたらす腰痛については、専門家やメーカーと考案した「DeNA流腰痛撲滅プロジェクト」を開き、参加者のうち85%が腰痛を改善しています。

2017年9月時点で取り組みの参加者は延べ約1,000名、提携企業数は83社、加えて多くのメディアにも取り組みを紹介してもらえるように。このように多くの人を巻き込む中で、社内・社外問わずCHO室の取り組みが認められるようになっていきました。

平井 「スピルリナという藻を扱っているタベルモさんからは、すごく丁寧で熱い手紙が手書きで4、5枚届きました。DeNAの健康経営への共感と、スピルリナの素晴らしさをひたすら語る文章が綴られていて、心を動かされましたね。
その後、タベルモには会社でサンプリングイベント及びセミナー、そして社外向けイベントを実施していただきました。一時期、DeNAのあるフロアの冷凍庫はスピルリナでいっぱいになったほどです」

また、2017年卒の新入社員へ向けた健康研修も、CHO室の成果のひとつ。20代前半のうちに知っておくべき、「姿勢」「食事」「睡眠」「歯」についての研修で、CHO室の健康セミナーの取り組みを知っていた人事からオファーがあったのです。

平井 「社内で知ってもらえて、しかも新卒研修という重要な場面で自分たちがやっていることが採択されたのはうれしかったですね。新卒の日報を読むと『睡眠研修がすごく良くて、みんなにもぜひ知ってほしい』と書いてあったり、それを見た先輩社員から資料が欲しいという声があったり。ポジティブな影響を会社に与えられたと思います」

さらにこの健康研修は、思わぬ副次効果も産みます。学生時代、椅子を使った生産性向上を研究していた新卒エンジニアの春日が、CHO室の取り組みに志願したのです。

春日はデスク周りの環境改善について、メーカーや大学教授と連携したプロジェクトを企画。トータル3ヶ月間の実証研究により、全社員のデスク周り環境を改善することで6,516万円もの費用対効果が出ることを算出しました。2017年11月現在は、全社員のデスク周り環境の自由度を高めるプロジェクトへの発展も視野に、取り組みを進めています。

地域、そして全国へ広がっていく、健康経営の「輪」

▲DeNA×ミクシィ共催「ヨガ&ウェルメシイベント」

最初は平井ひとりだった、健康経営プロジェクト。しかし、南場や役員、イラストを作成してくれたクリエイターをはじめとする社内の人間、知見の深い社外の専門家などどんどん巻き込んでいきました。春日のように本来の業務ではないなか、新たなプロジェクトを立ち上げようとする人間も現れました。

2017年現在、プロジェクト開始から2年——。健康をテーマとする大きな輪が、DeNAを包み込むようになったのです。そしてその輪は、社内のみならず地域をも包み込む、さらに大きな輪になってといます。

平井 「健康経営について渋谷の区長や経済産業省の方と話す中で、渋谷区全体の活動としてやれるのでは、という話から『渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム』を設立しました。2016年6月のことです」

渋谷区や商工会議所、同様に健康経営に取り組んでいた東急電鉄、意欲的な姿勢を示していたミクシィら渋谷の企業数社を巻き込んで生まれた、渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム。月に一度の本会では健康経営の成功/失敗事例のシェアや、経産省・商工会議所によるレクチャー、自社で実践するためにどうするか考えるグループワークなどがおこなわれてきました。

DeNAでは、2017年3月には渋谷の美味しくてヘルシーなお店を紹介する「ウェルメシ」というアプリをリリースしています。掲載店はコンソーシアムのメンバーが一軒一軒訪れて、添加物の使用有無などの「ウェルメシガイドライン」に沿って選んでいます。

さらに2017年8月末、健康経営のスペシャリストである「健康企業指導員」を育成するための日本健康企業推進者協会(JWCLA)を新たに設立。平井は事務局長を務め、渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム内で培ったノウハウやネットワークを全国に広げる準備を着々と整えています。

平井 「僕はそもそも、一緒に働くみんなを健康にしたいというビジョンでここまでやってきました。この取り組みで成果をだすことができたら成功事例を社会に発信し、健康経営を世に広げていきたいと思っています」

健康経営を日本企業の文化に――。その願いが叶うまで、社内、地域、そして全国へとその領域を広げながら、平井は挑戦を続けていくでしょう。