マインドを広げ、文化をつなぐ。森興産の「留学生支援事業」は日本の働き方を開国する
次の世代につなぐ事業には、万国共通で同意できる「想い」を残したい
自分たちが死んだ後、次の世代に何を残せるでしょう? YOSHUグループは、豫洲短板産業株式会社を母体に、伊予国・豫洲で知られる愛媛県八幡浜市で金物問屋として創業し、80年を超えました。昭和30年初頭に母体を大阪府へ移して以来、ステンレスの流通・加工に取り組んでいます。
ステンレスは生産過程でCO2を排出する素材です。しかし、一度できたステンレス鋼は高いリサイクル・リユース率をもち、まさにエコマテリアルといえます。我々グループだけでなく人類全体が地球に必要とされるような存在になっていくための事業展開を試みてきました。
2012年には、地球全体の環境悪化が問題視されるなか、グループ企業全体の理念を「LOVE THE EARTH(自然共創態)」に改めます。そして、創立200周年(120年後)に達成する目標とグループの成長チャートを描きました。
YOSHUグループの新規事業企画・教育研修・事業コンサルティングを中心に活動している、森興産で代表取締役を務める森隼人は、理念を固める過程でグループ全体が意識した、ある「想い」を振り返ります。
森 「『先に死んでしまう私たちは、次の世代に何が残せるのか』、そう考えたときに『想い』しかつなぎようがないことを感じました。万国共通で同意できる『想い』を残すために、人と物とお金をどう扱っていくのか。その方向付けになる理念を考えることに時間とパワーを最もかけました」
「LOVE THE EARTH」という理念は、地球上に存在するすべてのものにとってより良く、かつ地球環境を害さない生活スタイルを営むための産業を創出していくビジネスモデルを示しています。この理念に基づき、数々の新規事業を開発していきました。森興産の「留学生支援事業」も、そのひとつ。
地球について考えることは、国籍に縛られず世界中の人たちと取り組んでいくものだと、視野を広げた結果、立ち上げた事業です。そのため、留学生をはじめとした外国人と、日本人がともに働くための、ある「想い」を大切にしています。
留学生に文化を押し付けず、お互いの違いを共有し合い、歩み寄る
実のところ留学生支援事業は、日本人も変えたくて立ち上げたものです。森興産はおもに、「留学生がつながる、留学生とつながる」ウェブサイトの「WA.SA.Bi.」と、就職活動に係る自己プレゼン会+合同説明会や各種セミナーを行なう「ENMUSUBi」を通じて、外国籍人材の関係者ネットワークを築いています。
特徴は、留学をきっかけに入国や在留する外国人に向けて、就職だけでなく、より暮らしやすい環境やそのための情報提供を行うとともに、それぞれの「経験」を共有する仕組みを構築していること。この「経験共有」の仕組みは森興産において働く外国籍メンバーが日報を書いている「Business log」にも活用されています。
「Business log」には、業務報告だけでなく日本での仕事や生活で感じたことも記入してもらいます。日本人では気づくことができない悩みを知り、それに森興産の日本人メンバーが返事を書きながら、職場環境や事業の改善に役立てています。なぜなら、居たくなる環境づくりは大切だから。日本では、日本が好きで来日した留学生のうち、実に7割が帰国しているのです。
一方で、日本の労働人口は減少しています。この対策として高齢者雇用の促進、女性の復職、そして外国籍人材の活躍は必須。外国人技能実習生なども含めると益々日本における外国人の労働人口は増加。また、継続して急増する外国人旅行者数を考えると、日本国内にいても、グローバル化と向き合うことになります。
海外マーケットに進出する企業は増えていますが、海外在住日本人マーケットで戦っている企業がほとんどです。このままでは、次の世代の日本人が担える役割はなくなってしまう……。そのため私たちは、日本人のマインド自体も変えていく必要があると思っています。留学生に対しても決して日本文化を押し付けるようなことはしません。
森 「最大の課題は文化の違いにあります。たとえば、日本と東南アジア。日本には四季があり、季節の変わり目に合わせて、衣替えや冷暖房器具などを準備する文化がある。しかし、東南アジアは年中暑いため季節に合わせて何かを準備する文化はありません。
それが『遅刻してしまう』『遅刻を謝らない』などの時間に対する感覚の違いにも現れていると思います。当然、言語にも違いはあるため、留学生と日本人がお互いの国や文化を共有し合い、歩み寄ることが大切です」
そんな留学生支援事業は、留学生の個別相談に乗ることからスタートしました。そして、留学生の支援を続ける過程で、ある「思い込み」に気づくこともできました。
「日本語が流暢な人は、日本人についても理解している」と思ってしまう
これは、留学生支援事業に取り組みながら文化の違いを感じた一例です。
個別相談からスタートした留学生支援事業は、より多くの留学生支援をしていくために、100名規模のセミナーを開くようになりました。そして、さらに多くの留学生支援をするため、交流会や、他社向けの就職支援の展開などの発展を遂げてきました。
その中で、日本語の上手・下手と日本への理解度には関係がないことを、私たちは改めて知りました。言葉はツールです。だから、日本語に慣れている留学生だとしても、「待ち合わせ時間どおりに来ない」といった日本人ならできそうなことをできないときはあります。
そのため、森興産では育成を大事にしています。これは留学生に限らず、日本人に対しても同じ考えです。育成では、まずゴールを明確にします。そして、日々のコミュニケーションを徹底します。コミュニケーションは声だけでなく、文章でも行なうことがポイントです。
文章にすると、わかっていないところが見えてきます。理解度を把握して、次の育成法を考えます。繰り返し続けると、お互いをよく理解できていきます。言語レベルも人によって異なるので、留学生の場合ならレベルに合わせて使う単語を増やしていきます。徐々にビジネス用語を混ぜていき、ビジネスの理解と語学力の向上を同時に行ないます。
また、外国籍社員に対しては、海外出張の際にご家族を訪問するようにもしています。
森 「私も人の親です。子どもの状況を心配する気持ちがわかります。娘さんなら、なおさら悪い虫がつかないか心配でしょう。どういう会社か説明すると安心してもらえる。ご家族の状況を理解することもできる。どんな家庭で育ったメンバーなのかを知って、個人に合わせた対応を考えています」
森興産には、森のように日本人としての親の経験や、学生時代に日本人として海外に留学した経験などを持つメンバーがいます。当事者として、留学生やご家族と同じように不安や寂しさを感じたことがある。だから、たとえば留学生が寂しそうなら、母国料理をふるまう親睦会を開くこともあるのです。
このような側面も留学生支援事業の特徴です。そんな留学生支援事業は、他社だけでなく、教育機関、行政機関、駐日外国公館などと連携した就職支援にも取り組むようになりました。そして、目に見える成果が生まれています。
いつか帰国する外国籍人材は、他国で同じ「想い」を持つ起業家の卵
留学生支援事業が約4年で残した実績は次の通りです。まず、日本企業に就職した留学生は、1年目が5名、2年目が10名、3年目が30名、4年目が67名と毎年倍増しています。「WA.SA.Bi.」は、48ヶ国1,700名の留学生に利用してもらえるようにもなりました(2017年11月末時点)。
また、そんな留学生たちの交流の場であり、就職先との出会いの場でもあるイベントは、これまでに学内セミナー24件、社内セミナー(インターンシップ有り)23件、主催イベント13件、協力イベント9件、動員協力31件という計100件の開催に携わりました。2017年11月末時点で、3,592名の留学生が参加しています。
森興産でも、中国、タイ、アルゼンチン、韓国、アメリカの留学生を正社員採用することができました。アルバイトやインターンシップを含めると、より多くの留学生と一緒に働くことができています。
人口減少が進むにもかかわらず、留学生のうち30%しか日本企業に就職してもらえていないのは変わりません。しかし、その30%が次に続く留学生の先輩になり、自分たちの目を通して実感した日本のことを後輩の留学生に伝えてくれます。
日本にはまだ在留資格の取得に壁があります。しかし、外国人が入って来やすいように、連携して、少しずつ変えていきたい。それは、多くの企業がまだ抱える外国籍人材採用への不安を解消することも含みます。「怖い、信用できるのか、言葉は通じるのか」。そんな「想い」も壁のひとつです。
だから、留学生をはじめとした外国籍人材を採用することで、ビジネスが新たな広がりを持つことにも目を向けてもらいたい。それは、留学生を採用することの前提に含まれる、ある結果に関係しています。
森 「採用した留学生は、いつか帰国します。家族のもとで暮らしたいのが本音です。だから、帰国することを前提に、クラウドを利用して、帰国後もともに働ける環境を整えています。なぜなら、海外マーケットへの展開を視野に入れた場合、現地に同じ『想い』を持つメンバーがいたら安心ですからね」
森興産は、帰国した外国籍人材が、現地にあった形に変えて、事業を起こしてほしいと考えています。「LOVE THE EARTH」でつながった、同じ「想い」のビジネスを世界中につくる、同じ「想い」の起業家を世界中に生むことは目標のひとつです。そのような留学生をどう育成していけばいいのか。それを考えるだけで、私たちはワクワクしています。