二地域居住から生まれた地方活性のカタチ──二足のワラジが広げたつながりとは
ボランティアワークがつないだ住田町との縁。人とのつながりが行動力の源泉
株式会社ベストインクラスプロデューサーズの伊藤 美希子は、東京で働きながら岩手でも仕事を持つという二地域居住をしています。そのきっかけは2011年までさかのぼります。
岩手県住田町は、森林・林業日本一を目指す山あいの小さな町。東日本大震災の発災時には独自に木造の仮設住宅を建設し、沿岸で被災した住民の方を受け入れる後方支援の拠点となりました。
学生時代からコミュニティデザインに関わりたいという想いを持っていた伊藤でしたが、大学院時代の先輩が住田町で立ち上げた仮設住宅のコミュニティ支援団体「邑サポート」への参加がきっかけとなり、住田町との関係が始まります。
ボランティアとして継続的に住田に通う中で、できるだけ長く関わり続けたいと思った伊藤。休暇を活⽤して、時間が許す限り岩⼿に通い続けるようになりました。
伊藤 「最初は3〜4カ月おきに3日間程度住田町に滞在していました。通っているうちに、町にも知り合いが増え始め、『伊藤さん、次いつ来るの?』と住民の方や仮設住宅の方から声をかけられるようになったんです。
その言葉を聞いて、『また来ていいんだ、もしかしたら自分の出番があるかもしれない』と思えたのが、もっと関わりたいと強く思ったきっかけでした」
その後、邑サポートは2014年に任意団体から一般社団へと法人化。そのタイミングで、ボランティアとして参加していた伊藤も理事に就任することになりました。
場所にとらわれない働き方とライフスタイルへ
邑サポートの仕事に携わりながら、伊藤は2020年現在までに二度転職しています。
一度目は、2011年にコミュニケーションのプランニング会社に就職。社長と合わせて3人の会社でしたが、社長や先輩自身も震災支援活動をしていたため、伊藤の活動について理解があり快く岩手へと送り出してくれました。
そして二度目は2016年、マーケティング支援を行っている株式会社ベストインクラスプロデューサーズに転職。
伊藤 「正直、岩手の仕事を持ったままではもう正社員としては働けないだろうと思っていたんです。しかし、私が活動を始めた背景をよく知っている社長だったため、ありがたいことに住田での活動も理解してくださり、その仕事を持ったまま社員として雇ってくれました。
ただ、同僚にはこの働き方がどう見られているのか、理解してもらっているのか、正直最初はわからなかったです(笑)。1カ月のうち平日の2〜3日は住田町にいるため、できる限り同僚には迷惑をかけないようにという心構えで働いていました」
入社後、毎月住田町に通い続けているうちに、社内でも「伊藤は月に数日岩手にいるのが普通」という認識ができていきました。
伊藤 「会社のメンバーに自分の働き方を理解してもらえることは本当に有難いと思っています。より知ってもらうために、邑サポートの伊藤として大学の授業に呼ばれたときの資料や、住田町でのプロジェクトの情報を社内に共有するようにしています」
2018年に伊藤は住田町への移住者と結婚し、住田町民に。東京に10日間、住田町に5日間というサイクルで住田町に通う二拠点生活と別居婚を選択しました。
伊藤 「実は私たちが別居婚を始めた後にも、住田と東京とで別居婚をする人が何組か現れて……。彼らが別居婚を説明する際、『伊藤さん家と同じスタイルですと説明するとすぐわかってもらえた』と聞いて、新しいライフスタイルが示せたようで嬉しかったですね。
この地域ではかつて都会へ出稼ぎに行く人が多かったこともあり、住民の方が『伊藤さんは東京へ出稼ぎに行っているんだよ』と別居婚のことを他の方に説明してくださっていたのは、この土地ならではの解釈だなと感じました(笑)」
二地域居住を生かしたイベントの開催。都市と地方を結ぶパイプ役として関係人口を増やす
住田町内での就職ではなく、東京と住田町の二拠点で仕事をすることを選んだ伊藤。活動を続ける中で、町の中に入り込んで行う支援よりも、外からよそ者として町と地域に関わることの意義を感じていました。
伊藤 「東京のネットワークを住田町の活動に生かせるのは、有難いことですね。また、時にはよそ者として動く方が、地域の中でスムーズにプロジェクトを進められることもあるんです。
二地域居住を行っているからこそ都市部と地方とのパイプ役となり、プロジェクトにさまざまな⼈を巻き込んで力を借りることができているのだと思っています」
伊藤は邑サポートのメンバーとともに、東京で住田の食を味わえるイベントを開催。
すると、イベントの参加者から「都心のランナーたちは走れる山を求めているし、住田町には山がある。その山でトレイルランニング大会ができないか?」という打診がありました。そんな一言から、都市部のランナーと地元の人と共に、何度も山を視察、試走して議論を重ね、2019年に住田町でのトレイルランニング大会が実現したのです。
東京からはランナーとボランティアの約30名が参加し、町内のランナーやボランティアも合わせて約100名が関わる大会になりました。
このように、さらなるつながりを生み関係人口を拡張していくことが、地域活性へのひとつのチャレンジだと伊藤は考えます。
伊藤 「トレイルランニング大会のように、イベントの参加者が次のイベントの企画側に回ることがあります。友人の写真家は、『水しぎ』という火伏せのお祭りに参加したことをきっかけに、『水しぎ』と住田町を題材にした写真展を開催したいと言ってくれました。
この『水しぎ』は町外の人がほとんど知らないマイナーなお祭りでしたが、見た目も振る舞いも奇抜で面白いお祭りでした。より多くの人の目に触れるものになればと、町外、県外の人を巻き込んで踊りを競うイベントを毎年続け、複数のメディアに取材されるほどになりました。私たちも含めて町外の人間がおもしろいと興奮したことは、お祭りを守ってきた方々にとって新たな発見だったのではないでしょうか。水しぎを続けてきたことに、より誇りを感じてくれたのではないかと思います。
写真家の友人は実際に銀座のギャラリーで写真展を行い、都市部の人にも住田町の『水しぎ』を知ってもらう機会をつくってくれました。またこの写真展に来た人が『水しぎ』に参加するというループも生まれています」
長い時間をかけて徐々に醸成される都市部と住田との関係性。伊藤は、今ある町の資源を町外の人と共に客観的に再解釈し、その価値を改めて提示することが新たな町の誇りになると信じています。
出稼ぎ2.0!都会と地方の両輪で生み出す新しい働き方とは
2011年から住田町に関わり始め、二地域居住や別居婚など新しいライフスタイルにトライした伊藤。東京と住田、ふたつの仕事を行うことは、決して簡単なことではありません。その⼀⽅で、関わる⼈も領域も異なることが視野を広げてくれると伊藤はいいます。
伊藤 「ふたつの地域で生活していると、地方ならではの消費行動や暮らしを実感を持って理解できるので、都市部だけに住んでいるよりも実態を伴うインプットが多いと思っています。とはいえ、両者の良さを知っていながら、お互いの仕事をまだまだ近づけられていないとも感じています。現在の目標は東京でのマーケティングの仕事や知見をもっと住田町で生かすことです」
また、伊藤はこの働き方で地域に還元できる可能性を感じたといいます。
伊藤 「今の私の働き方は、都市部の外貨を稼いで住田町に納税しているというイメージです。今までは移住したら現地での仕事しかありませんでした。しかし、リモートワークができるようになって、地方にいながら都市部の仕事をすることができます。
地元や地方のために何かしたいと考えている人は多いと思いますが、その地域の住民となりながら都市部の稼ぎで納税することは、地域活性に貢献できるひとつのカタチなのかもしれません。
都市の仕事をしながらそれぞれの地域の仕事にも従事できる、こんな働き方が増えていったらより多様性に富んだ世界になるのではないでしょうか。身体は地方にいながら都市で働く……なんて、『出稼ぎ2.0』ですね(笑)」
都市と地方の両方の良さを生かす新しい働き方。地方への移住に注目が集まる中、この働き方は、今後世の中のスタンダードとして浸透していくかもしれません。