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WORKSTORYAWARD2020

これからの日本をつくる100の“働く”をみつけよう「Work Story Award 2020」の受賞ストーリー、
一次審査通過ストーリーを公開しています。
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こちらフジッコジャーナル編集部 ―社内報でレッツ・コミュニケーション!―

フジッコ株式会社 フジッコジャーナル編集部
「私なら、もっとおもしろくできる!」そのような想いから社内報制作に乗り出した、フジッコ株式会社の豊田 麻衣子。フジッコで働く人が主役の紙面づくりを展開することで、自分たちの仕事に自信と誇りを取り戻してもらおうと奔走します。そんな豊田と、相棒であるフリーランスデザイナーの重松 伸さんのストーリーです。

ある日チャンスがやってきた!

今でこそ「おもしろい!」と評価を受けることが多くなったフジッコの社内報。しかし以前は、あまりおもしろくなかったのだと豊田はいいます。

豊田 「今とはまったく別物でした。入社当時、初めてもらった社内報は、正直言って、あまりおもしろくなくて……。

『私のほうが絶対おもろくできる!』と思いました。でも、当時は社内報の担当ではないし、でしゃばることもできません。だけどなぜか『この仕事、絶対わたしのとこにくる気がする!』と感じていたんです」

入社から約1年後、社内報の担当者が異動になるタイミングで、豊田は上司からついに「社内報をやってみないか」と声をかけられます。もちろん「はい!喜んで!」と二つ返事で承諾しました。

こうして早速社内報づくりに取りかかることになった豊田。まずはコンセプトを決めることにしました。そのコンセプトは「きづく・つながる・まなぶ」。社内報を読んで、はたらく人が「たくさんの『気付き』を得て、そこから人の輪が『繋がり』、『学びを得る』ものになってほしい」という意味が込められています。

早速、情報収集を行いました。

豊田 「他社の社内報やタウン誌を読み漁り、読者が読みたくなる仕掛けとは何かを考え抜きました。そしてそのアイデアを形にしようと、当時契約していた業者さんにいろいろ相談してみたら、『これ以上はできない』と言われたんです。

だから、自分が目指すイメージを実現してくれそうな業者を探すことにしました。その中でちょうど当時働き方改革を担当していたご縁で、自分の仕事に対するスタンスや想いを知り尽くしてくれている近所の印刷会社が名乗りを上げて下さり、一緒に社内報を盛り上げてもらうことに決めたんです」

フジッコではたらく人が主役の物語

社内報をともにつくる印刷会社の選定を終えた豊田。まずは1年間、試行錯誤しながら社内報制作に取り組みました。そして、ついにデザイナーの重松さんを起用するに至ります。

豊田 「働き方改革を推進するときに、いくつか応援グッズをつくっていたのですが、デザインはすべて重松さんにお願いしていました。その時から、重松さんとは『とにかく相性がいい』と感じていました。

まず、全部言わなくても、ほぼ伝わります。それだけでなく、こちらが忙しくてなかなか編集が進まないときでも、急かすことなく待ってくれるんです。絶妙な距離感と、とんでもない仕事の速さで支えてくれる重松さんが一緒ならもっと良い社内報がつくれると思いました」

こうして社内報を制作していく中で、豊田にはあるポリシーが生まれます。

豊田 「この社内報は、一社員の私が取材や撮影をしてコツコツ仕上げていくものです。プロの技術には到底及びません。ですが、同じ会社で働く者だからこそできる『掛け合い』があると思っています。

フジッコの持ち味である『素朴でほのぼのした感じ』は絶対大事にしていきたいな、と。その上で、思わず笑ってしまうような、そして思わず感嘆の声を上げてしまうようなものをつくり続けたいと思っています」

次に、社内報の核となる企画について、豊田はこう話します。

豊田 「社内報には、絶対にご家族を掲載したいと思いました。約3年半前の入社当時、フジッコの歴史や考え方を知るために、これまでの社内報を片っ端から読んでいたことがありました。その時『うちのパパ』という企画に釘付けになりました。当時は働くといえば男の人だったので、『うちのパパ』だったんだけど、この企画は現在でも通用すると思いました」

そこには、フジッコで働く人を主役にしたいという気持ちが色濃くありました。

豊田 「自分の仕事だけをしていると、他の職場のことや、どんな人が働いているかにそもそも興味が向かないと思うんです。誰もが、目の前の仕事だけに没頭しがちだし、他部署のことは悪い面ばかりが見えて、批判しがちになってしまう。だから社内報には良い情報を詰め込んで、コミュニケーションが生まれるきっかけにしたいと考えました」

根底にある「おもしろいを追求したい」「最高傑作をつくりたい」という想い

時には、重松さんと一緒に工場に足を運ぶこともありました。重松さんにも現場の空気や息づかいを一緒に味わってもらうことで、社内報がさらに深みを帯びると考えたからです。

豊田 「関わってくれる人全員が『おもしろい』と思ってくれなければいいものはできません。取材の対象となる人も、インタビューをして原稿を書く私も、そして社内報を受け取った人もです」

また、企画はその場の雰囲気で決まる場合がしばしばあります。企画会議もしますが、そのとおりにいった試しがありません。日々、感覚はアップデートされているからです。行き当たりばったりなわけではなく、常に最高傑作をつくり続けたいという想いが、根底にはあるのです。

そんな豊田と一緒に社内報制作に取り組んできた重松さんは、社内報についてこう話します。

重松 「豊田さんに、ページのイメージや好きなデザインをイラストでわかりやすく伝えてもらっているので、それをイメージ通りに形にしていくのが僕の役割です。

僕自身、社内報づくりに携わったのは初めてでしたが、苦労はありませんでした。豊田さんのページイメージやコンセプトはいつも明確で、僕はそれを形にするだけだったので。せっかくなら、『自分も載りたい』と思ってもらえるような社内報にしたいので、写真の見せ方やレイアウトなどは常に工夫しています」

重松さんは、社内報は社内をより良い雰囲気にするのにとても役立つし、フジッコのブランドイメージを向上させるツールとしても最適であるといいます。とはいえ、笑ってしまうような戸惑いもあったと振り返ります。

重松 「役職が結構上の方を取り上げるページがあるのですが、豊田さんはものすごくいじり倒すんです。『本当にここまでやってしまっていいのかな』という戸惑いを感じることもあります(笑)」

社内報で得た“仲間”とともに、次のフェーズへ

社内報づくりは、それだけでも効果が得られるものでしたが、豊田が別に担当する「働き方改革』の推進にも役立ちました。

豊田 「私は当時、働き方改革を担当していて、現場に、『長時間労働はだめですよ、サービス残業は悪ですよ、早く帰りましょう、ワークもライフもバランスよく』といった正論を振りかざさなければなりませんでした。

当然批判されることも多く、正直『早くこの会社を辞めたい』とさえ思ってしまうほど、追い詰められていました。だから、社内報で取材に行くとき、チャンスがあればすかさず『私は働き方改革を通じてこの会社の風土を変えて、やる気のある人が辞めない会社にしたいんです』という想いを伝えるようにしたんです。

そんなことを繰り返しているうちに、取材に行くと、温かく迎えてもらえることが多くなりました。『いつも楽しみにしています!他の工場のことが知れて嬉しい!』と言われたときは、ひたすら嬉しかったです。取材を通じて、どんどん仲間が増えていく感覚を確かに感じています」

このようにつくり上げた社内報を、豊田は直接配りにいきます。ほとんどの人が「今回誰が載っているんだろう」と、すぐに読んでくれるように。そして実際に自分のことが掲載された人は少し恥ずかしそうに、でもすごく嬉しそうに自分の記事を読んでいるのだといいます。

また社外からも反響が。

豊田 「『これ、どこの業者がつくっているの?』と言われることも多いです。そんなときは『いや、業者じゃなくて私が書いているんですよ』と言いながら、デザイナーの重松さんを紹介するようにしています。重松さんの評判が上がるのは、とても嬉しいですから。

夫も、たまに意見をくれます。『この人前も出てたやん!』と言いながら隅々まで読んで笑ってくれて。フジッコを知らない人や家族が読んでも印象に残る記事になっているんだと確信しました。この仕事は間違いなく、私のライフワークです!」

このような反応を受け、今後の展望として「フジッコジャーナルテレビジョン(FJTV)」という動画サイトを開設しようと準備を進めています。

豊田 「紙面もいいけど、動画もいいなと。動画の編集をやったことはありませんが、重松さんと一緒にサムネイルをつくったり編集したりしているところです」

豊田は社内報を通じて、今後も仲間の輪を広げていくことでしょう。