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町を幸せに!ある公務員の熱き想いから生まれた「A級(永久)グルメのまちづくり」

邑南町役場 寺本 英仁
島根県の山奥にある過疎と少子高齢化が進む邑南町(おおなんちょう)。人口流出が相次ぎ、消滅可能性都市の危機に瀕していました。そこにストップをかけたのが、邑南町役場 商工観光課 課長の寺本 英仁。寺本が手掛けた、地域内でお金と幸福が循環し経済が拡大する「A級グルメのまちづくり」をご紹介します。  

「ない・ない・ない」のオンパレードから始まった邑南町の町おこし

▲邑南町役場 商工観光課 課長 寺本 英仁

2004年、平成の市町村大合併により島根県の3町(羽須美村・瑞穂町・石見町)が合併し、邑南町が誕生しました。邑南町は山中の高原地帯にあり、人口は11,000人、高齢化率は43%超えの過疎化が進む町。当時、町おこしの担当となった寺本には「邑南町を全国に発信する」ミッションが課せられました。

寺本 「絶対になくならないと信じていた職場の石見町が消滅したことは衝撃的でした。しかも、合併30年後の人口予測データでは、そう遠くない未来に町自体がなくなる可能性が見えていたんです。

国全体の人口減少が進めば国にお金が集まらなくなります。地域振興に携わる地方行政の働き方は、国の補助金に頼る従来の手法から、地域で循環するシステムを生み出す働き方へシフトする必要があると考えました」

邑南町の存在を多くの方に知ってもらいたいと意気込んでいた寺本。しかし当時の日本経済新聞にて、邑南町(おおなんちょう)は“難読町村名”として西の大関にあげられていました。「読めない、知らない、興味がない」の三重奏です。

加えて、美味しい農畜産物がたくさんあるにもかかわらず、認知度が低いため、生産者の自信は醸成されません。さらに、若者は町が好きでもここでは働きたくないという、そんな自信も気力も希望も持ちづらい状況でした。まさに「ない・ない・ない」からのスタートだったのです。

ネットショップに東京進出、“外貨”獲得に奔走するも、見えてきた限界

▲観光情報&オンラインショップ「みずほスタイル」

寺本は、まず“食”を外にアプローチしようと、当時普及しはじめていたインターネットで町のPRを行いました。

2005年、のちに総務省「ふるさと納税」の先駆けとなる、自治体初の“町営”オンラインショップ「みずほスタイル」を開設します。 まだ、インターネットで買い物する人が少ない時代だったため、特産品をつくる生産者すべてに説明し、参画依頼を行うのには、半年かかりました。

寺本 「特産品がそろっても、パソコンの前に座っているだけでは当然、注文など入りません。注文がないと、みんなのやる気が低下してしまいます。なんとかしようと、僕の個人ブログ『腹黒マンタ徒然日記』を開設し、プライベートやみずほスタイルの活動などを発信していました」

次に目をつけたのは、お取り寄せもできる口コミサイト。エントリーした商品が肉部門のランキングで1位となり大量注文にこぎつけますが、他の商品の売れ行きにはつながりません。

そこで特産品のブランド化が必要だと考え、食のプロが全国の田舎の逸品を審査する「Oh!セレクション」を開催します。そのほかにも東京進出をしたり、新商品を開発してネットショップで販売したりと、行政や公務員の枠を越えて奔走していました。

寺本 「これまでの販促効果で、2005年に300万円だったネットショプの売上が、2007年には約7倍の2000万円になっていました。ただ、このまま頑張っても4000万円ぐらいが限界だと感じたんです。

『みずほスタイル』は民営化し、その後もあの手この手で、東京を中心に“外貨”を流入させる企画や若者移住計画を考えるも、生産者や町が豊かになっているとはいえない状況が続きましたね」

地域内で経済拡大する「A級(永久)グルメ構想」で、継続して発展する町に

▲地域おこし協力隊の研修施設(レストラン)「香夢里」

継続して発展する本質的な町づくり──寺本がたどり着いた答えは、外を追いかけるのではなく、地域内でお金と幸福が循環し経済が拡大する地域づくりでした。その実現のために立ち上げたのが、「A級(永久)グルメ構想」です。

寺本 「大都会へ売り込む従来の地域振興手法から、町に本来存在する魅力を住民と共に高め、内外から魅力的と思われるまちづくりにシフトしました」

A級グルメ構想第1弾として始めたのは、町営の地産地消レストラン「素材香房ajikura」。

寺本 「山形県に、わざわざ県外から食べに来る方もいるという地産地消レストランがあると知り、邑南町でもできたらと考えました。当時はまだ地産地消は語られておらず、飲食店にとって、地元の食材を使うことがブランディングにつながらない時代でした。

そこで町営にして、シェフは外から一流シェフを呼び、スタッフは地域おこし協力隊制度を活用することにしました。一流料理が学べて将来はプロとして飲食店の起業を目指す『耕すシェフ』という付加価値をつけて募集したところ、たくさんの若者がきてくれたんです」

これを皮切りに、「耕すシェフ」の研修と食文化を継承する「食の学校」、農業文化の継承と担い手の育成をする「農の学校」、金融機関が支援し起業や経営が学べる「実践起業塾」を立ち上げ、「邑南起業モデル」をつくっていきます。

移住者だけでなく町民も参加できることで町民の人材育成にもつながり、地域への誇り(ビレッジプライド)の形成と地域循環経済の実現を大きく推進できました。2017年には「食と農人材育成センター(現:一般社団法人地域商社ビレッジプライド邑南)」を立ち上げ、活動を委託します。

寺本 「働き方に共感して来てくれた地域おこし協力隊は総勢45名。そこから起業した店舗は7つになりました。地域の魅力を住民自身が強く感じるようになり、住民自身が商品開発をして道の駅で販売するなど、創造活動も広がっています」

「都会に行くより邑南町にいた方が幸せだよ」──住みたい町を目指した成果

▲住民出資の0円起業で生まれた「ふくのや」

2017年から3年間のUIターン者は874名、住民生活満足度は全国平均64.1%を大きく上回る84.1%の結果に。その秘訣について、寺本はこう話します。

寺本 「住んでいる町を好きになってもらい、暮らしにワクワクしてもらうことが大切だと思っています。そのためには、自分たちの仕事や行動が社会に必要だと認めてもらい、少量でもお金を稼ぐことが大事なんです。さらに僕は、『そうして稼いだお金は若者に投資してくださいね』って言ってるんですよ」

「A級グルメのまちづくり」には、住民出資と起業したい地域おこし協力隊をマッチングする「0円起業」があります。

寺本 「みんな若者を応援したいけれど応援する理由がないんです。なので、たとえば蕎麦屋が欲しいって相談されたら、『自分たちでつくったらどう?』と提案します。オーナーになってもらうんですよ。お店を持ちたい若者が負担するのは家賃だけなので、実質0円で起業できるというしくみです。

出資者になると『自分たちも動かなきゃ』と活力になるんですよね。必要な材料を生産したり、スタッフとして働いてくれたり、宣伝してお客さんになってくれたりもします。そういった活動を通して、お店が住民のコミュニティにもなり、みんなが孤独じゃない、誰も取り残されない地域づくりにつながるんです」

「A級グルメのまちづくり」とは、地域に誇りを持ちながら高齢者と若者が一緒になって住みたい町をつくっていくこと──。

寺本 「今までは『勉強して賢くならないと都会でやっていけないよ』と言っていた大人たちが、『この町にいた方が幸せだよ』って口をそろえて言ってくれるようになったのが、一番の成果だと思います」

人が喜んでくれることが一番の幸せであり、住民のために動いてみんなの喜ぶ顔が見たいという寺本。

寺本 「僕は公務員人生で邑南町にいる1万人全員と出会い、一人ひとりに個別の支援をして幸せにしたいんです。だからこそ、僕自身が町に出て課題を見つけ、住民と共に一つひとつ丁寧に解決する──この繰り返しが本質的な問題解決と笑顔につながると考えています」

2019年、全国5自治体と連携した「にっぽんA級グルメのまち連合」が発足し、A級グルメを軸とした地方を変える戦略モデルは全国に展開することになりました。邑南町のために生まれた、寺本の「A級グルメのまちづくり」は、過疎化に悩む他の地域の救世主として、広がりを見せています。